彼は真実をひた隠しにする。
散々私の心を弄んでおいて、子どものように無垢なことを言う。嘘が苦手なのか、それともそう見せていただけなのか、いくら考えても分からない。
「この六年間、一体貴方に何があったというのですか」
分からないならば、直接確かめるより他はない。
「馬鹿だったんだ。それ以外には、表現しようがないよ」
「それでは納得出来ません。可愛げのない私に嫌気がさしたからでは?」
「違う!僕は、エミリナが可愛くないなんて思ったことは、一度もない!」
それは嘘だ。オーウェンはもう何度も何度も、私には可愛げがないと非難した。ココットと私を比べ、なぜ彼女のように振る舞えないんだと、見下したように言い放った。虚勢を貼りつけた仮面の下で、私がどれだけ傷付いていたか考えもしないで。
けれど彼は今、目元の黒子を触る素振りを見せない。私が指摘したから、意識的にそうしているのだろうか。いや、この六年の間でさえその癖は顕在だった。それを隠そうと怒鳴ることはあれど、ここまで堂々とした態度は見せなかった。
オーウェンは昔からずっと、臆病者なのだ。
「もうこれ以上、嘘は吐かないで」
「エミリナ……」
「私を花まみれにしてしまうくらいに、愛しているというのなら」
こんな風に真正面からオーウェンを見つめることなど、この六年で一度もなかった。私が目を逸らさないから、彼も逸らせない。暴れ回る心臓を必死に押し込め、シーツに手をついた。
「どれだけ言い訳しても、僕が君にしたことは変えられないよ」
「では貴方は、口では私を謗りながら頭の中ではおかしな物語を作り続けていたと、そう主張なさるのですね」
「……凄くおかしいよね。それって」
発言の矛盾など、問題ではない。私が一番求めているのは、オーウェンの口から真実を聞くこと。
「私の目を見て、もう一度おっしゃって。お前は可愛くない、僕の好みではない、ココットを見習ってはどうかと」
「い、言えるはずない!そんな酷いこと」
「なぜです?つい先日まで、貴方は何度もそう口にした。それが殿下の本心ならば、今さら隠さないでください」
完全に椅子から体を離し、半ば多い被さるようにしてオーウェンに迫る。普段、見上げるほどに背の高い彼をこうして組み敷いていると、妙な気分に襲われた。
「お願い、エミリナ。もう、許して……っ」
「いいえ、許しません。私ばかりが振り回されるのは、もううんざりなのです」
「エ、エミリナぁ……」
真っ赤な頬に、潤んだ瞳。荒い息遣いが私の銀髪を揺らし、絡んだ熱が伝染していく。それでも彼は頑なに口を噤み、私を見つめ続けた。
「も、もう結構です」
結局最初に音を上げたのは、私だった。ただでさえ、男性と触れ合うことに免疫などないというのに、相手がオーウェンともなれば余計に冷静ではいられない。
染まった頬を見られたくない一心で体を引こうとしたけれど、彼は私が呆れたと思ったのか、慌てたように縋り付いてくる。
「きゃ……っ!」
バランスを崩し、オーウェンの上に倒れ込む。ぴたりと密着したせいで、彼の鼓動が私以上に跳ねているのがはっきりと分かった。
「も、申し訳ございませ……っ」
すぐに退こうとした私の体を、彼の腕がぐっと押さえつける。体調を崩したせいで以前よりずっと痩せたように見えていたが、しょせん女の私では到底敵わない。
「少しだけこのままじゃ、ダメかな」
「い、いけませんわ」
「こっちを向いて?」
まったく話が通じない。嫌だと言っているのに、目を合わせろなんて。
「エミリナ」
「……っ、もう!」
ぐらぐらと沸騰した頭では、これ以上冷静な判断など不可能だ。望み通りに勢いよく顔を上げると、オーウェンとの距離はほとんどないにも等しかった。
「む、む、むぅぅ……」
「あははっ、なんて顔をしているの!」
両の頬をぱんぱんに膨らませて、私は必死に呼吸を止める。それが、少しでもこの緊張を紛らわせる最善の策だと思ったからだ。
「可愛過ぎるよ、それはさすがに!」
「し、知りません」
ようやく緩んだ彼の腕から逃げ出した私は、ふいっとそっぽを向く。恥ずかしがり屋のオーウェンにまんまと揶揄われたことが悔しく、無意識に下唇を尖らせた。
「ごめんね、エミリナ」
「結局、うやむやにされてしまいましたわ」
「まぁまぁ。少し休憩にして、紅茶でも飲もう」
気が付けば、随分と時間が経っていたらしい。オーウェンとこれだけの時を二人で過ごすなど、この六年ではあり得なかった。
「……ずるい人だわ、貴方って」
やはり彼は、私の知る幼い頃とは変わってしまった。目の前のオーウェンを、元に戻ったと表現することは出来ない。けれど確実に、倒れる前とも違う。
複雑な思いを抱えながらも、楽しげに笑う彼につい視線を奪われてしまうのだった。




