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婚約者が「君とは婚約解消だ」と言った三日後に「やっぱりあれはなしで」といってきたのですが。  作者: 清澄 セイ


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16/27

私の心を乱すのは、憎いはずの貴方だけ。

♢♢♢

 レオンハートとの婚約話は、予想以上にとんとん拍子に進んでいった。当然両親は喜び、兄もまた然り。事務的な感情はとても楽で、私が彼に心を乱されることも、その逆もない。

 まだ知り合って間もないけれど、レオンハートは人として尊敬出来る人物だ。きっと私達は、何の問題も起こさない夫婦になれるだろうと。

 不思議なことに、彼から言われた言葉は私にとっては何の障害にもならない。それどころか、安堵した自分に罪悪感さえ覚えたほどだった。

「今、なんとおっしゃいましたか?」

「我が弟オーウェンが、記憶喪失になってしまったんだ。ただでさえ騒がしい王宮内が、さらに酷い混乱に陥っている」

「記憶喪失……」

 それは、兄の帰国祝賀パーティーよりも後のことらしい。再び体調を崩し高熱を出したオーウェンは、次に目が覚めた時には六年間の記憶の一切を失っていた。

 当然、自分が私を捨てココット・キルティエラを選んだということも忘れて、熱にうなされ苦しみながらも、私の名を呼んでいるらしい。

「大変虫の良い話であることは重々承知している。けれど、一度で良い。弟に会ってやってはくれないか」

「グレイ殿下……」

 国の第一王子が、わざわざスウォルトの屋敷にまでやって来て、あろうことか私に頭を下げている。人払いをしていて本当に良かったと、内心ほっと胸を撫で下ろした。

 兄もレオンハートも私とグレイ殿下が二人きりになることを反対していたけれど、こんな話は到底聞かせられない。

「どうか顔を上げてください。私は、殿下の望みを無下には出来ません」

「では、オーウェンに会ってくれるか」

「そうしろとおっしゃるのなら」

 本当は、もう二度と顔を見たくなかった。けれど、兄はいずれこの方に仕える身となる。ここで恩を売っておくことが、スウォルト家の繁栄に繋がるはずだと、無理矢理自分を納得させた。

「早速、馬車に乗ろう」

「今すぐにですか?」

「心配は要らない。君に必要なものは、全てこちらで準備する」

 いくらなんでも、強引過ぎる。殿下と同じ馬車に乗らなければならないと考えるだけで、胃の辺りがきりきりと痛んだ。

「はい、分かりました」

「ありがとう、エミリナ」

 彼はオーウェンのことが、心から心配なのだろう。だったら私ではなくココットにでも会わせてやればいいのにと、心中で悪態を吐いた。

「エミリナ、本当に行くのかい?」

「私に選択肢はありません」

「泣きたくなったら、僕を思い出して」

 グレイの後に続き馬車に乗り込もうとした私に、レオンハートが耳元で囁く。

「ありがとうございます。心が軽くなりました」

 私の微笑みは、彼の神秘的な双眼の中で微かに揺れていた。


 強引に王宮に連れて来られた私は、すれ違う使用人や宮廷貴族達にこぞって好奇の目を向けられる。慣れていると言いたくもないけれど、何も心に響かない。私はずっと昔から、そうして自分を守ってきたのだから。

「辛い思いばかりさせて、本当にすまない」

「いえ。殿下に謝罪していただくことでは」

「いつも冷静な君には、感謝しているよ」

 グレイ殿下は、昔から私にも優しい。けれど打算的な面もあり、簡単に信用してはいけないとも。いずれはこの国を統べる王として、善良なだけでは足元を救われる。だからこの方は、これで良いのだ。

「入るぞ、オーウェン」

 部屋の扉をノックしたのは、私ではない。グレイ自ら、私の為に開けてくれた。けれど入るつもりはないのか、私が中に入ったことを確認してそのまま出ていく。

「兄さん?僕、今は食欲が……」

 荒い息遣いと共に、そんな台詞が聞こえてくる。どうやら食事の時間と勘違いしているようで、天蓋付きのベッドの上で、ゆっくりと体を起こすのが見えた。

「まだお辛そうですね、オーウェン殿下」

 ふかふかとしたえんじ色の絨毯を、静かに踏み締める。声で気が付いた彼は、こちらに視線を移すなり目を見開いた。

「エ、エミリナ……?」

「グレイ殿下に頼まれました。貴方様が記憶喪失になったので、会ってほしいと。いかがですか?何か思い出したりは」

「い、いや……」

 額に玉のような汗を浮かべながら、気まずそうにすいっと顔を伏せる。私は一切表情を変えないまま、ベッド脇のカクトワールに浅く腰掛けた。

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