レオンハートの気遣い。
パーティーは私にとって最悪の形で幕を閉じた。感情を殺すことが得意だったはずの私が、誰にも会いたくないと早々に部屋に閉じ籠った。兄の顔を潰してしまうと分かっていても、取り繕えない。あの場で涙を流してしまうことだけは避けたくて、子供のような態度を取らざるを得なかった。
レオンハートはしばらくの間スウォルトの屋敷に滞在するらしく、それも気不味い。せっかく庇ってくれた相手に、礼のひとつもしていないのだから。
「あの、レオンハート様」
翌日の午後。サロンにてレイモンドと二人で談笑しているところに、私はそろそろと近付く。開口一番に謝罪を述べ、深々と頭を垂れた。
「そんな顔をしないで。今にも倒れてしまいそうで、心配になるから」
「ですが私は兄の恩人に非礼を働いてしまいました」
「あの状況では仕方ないよ。誰も君を責めたりしない」
窓から差し込む日差しの元で見ても、やはりレオンハートは完璧だった。
「髪色が……」
「うん?」
「昨晩とはまた違った印象で、とても素敵です」
薄紫色が透けているように輝き、水浴びをした葡萄のようだと思う。突拍子もない私の言葉に、彼は目を丸くした。
「褒めるタイミングがおかしいぞ」
レイモンドから指摘され、思わず頬が熱くなる。
「申し訳ございません。つい、思ったことがそのまま漏れてしまって」
「いや、嬉しい。ありがとうエミリナ」
笑った顔も魅力的で、つい見入ってしまう。それは恋という感情よりも、本当に私で良いのかと謙遜してしまいたくなる。表現が難しいのだが、私とこの方が手を取り合う未来が想像出来ない。
「オーウェン殿下のことは気にするな。俺がグレイ殿下に掛け合ってやるから」
グレイ殿下は、オーウェンの兄でありこの国の第一王子。二人は歳が十も離れており、幼い頃はよく私の相手もしてくださった、優しい方だ。
「ありがとうございます、お兄様。ですが、その必要はりません」
「それはなぜだ」
「今だけのことだからです。ココット様がいなくなった虚しさを埋めようとなさっているのでしょうが、その内に飽きるかと。皆様の手を煩わせてしまうのは忍びないですし」
淡々と告げる私に、レイモンドは気に入らないという表情を浮かべる。
「国王陛下は昔からオーウェン殿下に甘い。お前から進言しなければ、ロクな処罰を与えられないぞ」
「それで結構です。余計な恨みも買いたくありませんので」
それは私の本心だ。庇いたいという意図ではなく、とにかくもう関わりたくない。
「まぁまぁ、レイモンドは落ち着いて。オーウェン殿下の話はもういいじゃないか。エミリナも忘れたいだろうし」
気持ちを汲んでくれたのは、レオンハートだった。やんわりと兄を諭し、にこりと穏やかな笑みを浮かべる。
「それより、もっと楽しい話をしよう。帝国でのレイモンドの生活を、一から全部教えてあげる」
「お、おい!余計なことを言うつもりじゃないだろうな」
「エミリナだって知りたいよねぇ?兄がどうやって今の男前に成長したのかを、さ」
二人のやり取りに、自然と肩の力が抜けていく。昔はこんな風に、誰かに軽口を許すような人ではなかった。それを思うと、なんだか不思議な気分になる。
人は、状況に応じて変わる生き物だ。けれど、決して元通りにはならない。
「嬉しいです。お兄様とこんな風に話せる日が来るなんて。レオンハート様のおかげなのですね」
メイドによって用意された椅子に腰掛け、ドレスの裾を手で軽く払う。彼は私の一挙手一投足を、穏やかな表情で見つめていた。
「あの頃は俺も青二才だったからな」
「今は違うのか?」
「以前よりはましだろう」
揶揄われる兄は新鮮で、見ていて飽きない。ふと、レオンハートが私に問いかける。
「エミリナは、レイモンドを許せる?」
「えっ?」
「彼の話では、昔は随分と酷い立場を取っていたみたいだから」
あまり、考えたことがなかった。何となく悩んでみると、心なしかレイモンドがそわそわとこちらを気にしているように感じる。
「兄には兄の立場や考え方がありますし、それは私も同じです」
「つまり、レイモンドのことは相手にしていなかったと」
「そのように意地悪な言い方をされては困りますわ」
やや眉を下げながら言うと、なぜだかレオンハートは嬉しそうに笑った。
「俺達兄妹をあまり苛めるなよ、レオンハート」
「エミリナが可愛くて、ついちょっかいをかけたくなるんだ」
「ほどほどにしておかないと、嫌われるぞ」
溜息を吐くとレイモンドは立ち上がり、軽く片手を上げる。そしてそのまま、向こうへ去っていった。
「僕に気を遣ってくれたみたいだ。下手くそだけど」
「ふふっ、そうですね」
穏やかな空気と共に、時間がゆったりと流れていく。




