完璧で麗しの兄の友人。
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今日は、兄レイモンドの帰国祝賀パーティー。まるで王族かの如く盛大に行われる理由は、ただ一つ。
「レオンハートも、エミリナに会えるのを楽しみにしていると、手紙の字が踊っていたぞ」
「はぁ、そうですか」
先日の夕食会以上に着飾った私は、レイモンドの正面に立ち無表情で頷いた。彼はきっちりとした礼服に身を包み、凛々しい表情でこちらを見下ろしている。
「あの、お兄様」
「どうした?」
「オーウェン殿下は、あれからご回復なされたでしょうか」
なるべく不自然にならないよう取り繕ったつもりだけれど、レイモンドの片眉がぴくりと反応を示す。けれどすぐに、私を案じるようにふにゃりと下がった。
「ああ。何の後遺症もないようだ」
「そうですか」
「安心しろ、今夜彼は出席しない」
私が怯えていると捉えられたのかは定かではないが、彼は軽く私の腕に手を添える。
「レオンハートは、きっとお前の傷を癒してくれる」
「今さらですけれど、そのような方が本当に私で良いのでしょうか」
「アイツにも、多少の問題はある。まぁ、会えば分かるさ」
この土壇場で、初めて聞かされた。そういうことかと妙に納得し、同時に少し緊張も薄れる。やはり、何の事情もない方が私との縁談を望むはずがなかったのだ。
「そろそろか。行こう、エミリナ」
「はい、お兄様」
自然に差し出された腕に、そっと手を添える。堂々とした出立ちのレイモンドに倣うと、不思議と自分の背筋も伸びるような気がした。
盛大なオーケストラの演奏と共に、スウォルト家の面々が階上に立つ。両親は鼻高々に両手を振り、兄と私は頭を下げる。きらきらと輝く煌びやかなホールが目に眩しく、開始早々既に疲れていた。
「本当に立派になられて」
「ぜひうちの娘を紹介させていただきたい」
「殿下もさぞやお喜びでしょう」
誰もがこぞって兄を誉めそやすが、意外にも本人はけろりとしている。両親は彼と違い、ふんぞり返って頷いていた。レイモンドは留学前の評判がすこぶる悪く、内心では皆馬鹿にしていたのだろう。口だけ達者で大した能力もない上に、見た目もだらしない。そんな男が、数年留学したところで変わりはしないと。
けれどその姿を一目見て、誰もが目を剥いた。美青年振りもさることながら、受け答えがスマートで知性に溢れている。剣術の鍛錬も積んだらしく、スーツの上からでも引き締まった体つきであることが分かる。
参列した令嬢は皆一様に目の色を変え、猫撫で声で兄に擦り寄る。けれどそれは全く響いておらず、レイモンドは笑顔でぴっしりと一線を引いていた。
しばらく時間が経つと、周囲の興味が兄から私へと移り始める。明らかに好奇の目を向けられているが、そんなことは気にもならなかった。
「エミリナ嬢も、ますますお綺麗に」
「この度はとんだ災難でしたね」
「オーウェン殿下は女性を見る目がないようだ」
口を開けば、彼の悪口ばかり。いい加減にうんざりした私は、人酔いをしたからとバルコニーに出る。
「やっぱり、可愛げがないな。捨てられるのも仕方ない」
後ろ姿に向かって、誰かの嘲笑が飛んでくる。拾ってやる義理はないので、反応すらしなかった。
賑やかな音楽と、楽しげな笑い声。その輪の中に入れない私は、ただ黙って星空を見つめていた。春めいた気候は過ごしやすく、空気もまだ熱を含まず澄んでいる。
「やぁ、こんばんは。美しいお嬢さん」
ふと声をかけられ振り返ると、見たことのない男性がこちらに向かってにこりと微笑んでいた。
「良い夜ですね」
「ええ、本当に」
「こちらで何を?」
「夜風に当たっておりました」
欄干に掛けていた手を下ろし、体ごと彼に向ける。くいっと頬を引き締め、丁寧にカーテシーをしてみせた。
「初めまして。私は、エミリナ・スウォルトと申します」
「ああ、僕が誰だか気が付いたんですね」
私の態度が変わったことで、目の前の男性はふふっと笑みを浮かべる。初めて見る薄紫の瞳は、月明かりに照らされて幻想的に輝いていた。




