願ってもない話ではあるけれど。
「いずれは帝国に嫁ぐことになるだろうが、その方がお前にとってもいいだろう」
「い、いえ。ですが……」
私が答えるよりも先に食いついたのは両親で、とても分かりやすく瞳を輝かせながら、まるで救世主でも現れたかのような表情でレイモンドを見つめている。
「そんな素敵な方が、エミリナをお気に召してくれるかしら」
「確かに。一度ケチが付いた娘だしな」
家族から馬鹿にされることには慣れている。むしろ、そこにレイモンドが加わらないことの方が不思議なくらいなのだ。
「俺も昔はなかなか素直になれなかったが、向こうへ行ってから心持ちが変わったんだ。帝国では女性の意志を尊重する風潮があって、騎士職や文官として活躍している方も少なくない。エミリナのように毅然とした性分の女性は、特に好まれる。女はこうあるべきという思想は、帝国ではもう流行らない」
「やはりあちらは随分と進んでいるんだな」
父であるモルトンが、妙なところで感心している。内心では思ってもいないくせに、レイモンドに合わせているのが透けて見えている。
「思い返してみれば、お前は正しくまっすぐな女だ。胸を張ってレオンハートに薦められる」
「お兄様、それは買い被りが過ぎるのでは」
「というより、アイツ自身がお前をぜひにと熱望している。以前、身分を隠して学園の創立記念パーティーに紛れ込んだ時に、まんまと見初めてしまったらしい。今回のことを知って、どうして今年も参加しなかったのかと悔しがっていたな」
先ほどから予想外の事態が起こり過ぎて、ついていけなくなっている。あれこれと考えていると訳が分からなくなるが、シンプルに答えを導き出すとつまり――。
「お前の新たな婚約者が決まったというわけか、エミリナ」
モルトンの言葉に、私はどうしても素直に頷くことが出来なかった。
その後自室に戻った私は、メイドにすぐさまコルセットの紐を緩めてもらうよう頼んだ。いつもよりずっと息苦しく、胸が締め付けられるような心地だったからだ。
兄レイモンドは、確かに変わった。人の根幹というものを根こそぎすげ替えることは出来ないだろうが、それでも随分とましになっている。
この縁談に様々な思惑はあれど、妹の私を想う気持ちもきっと含まれている。あんな仕打ちを受けた娘を迎え入れようなど、よほど懐の深い人物なのだろう。なによりも、レイモンドが生き証人だ。中見外見ともに、彼を確実に良い方向へと変貌させたのだから。
「新しい婚約者、か……」
ゆったりとしたネグリジェに着替えた私は、ベッドの端に腰掛ける。今日はもう、湯浴みをする気力も残っていない。
私が想定していたよりも、遥かに高待遇の相手。レイモンドから話を聞けば聞くほど、本当に私で良いのだろうかと申し訳なくなるほどに。
オーウェンから言われた言葉を、間に受けてはいけない。自己保身の為に演技までして、どこまで私を軽んじれば気が済むのだろう。
幸い今日は、月のない晩。彼から貰ったあの本も、どこにあるのかさえ見えない。ゆっくりと体を倒した私は、そのまま静かに目を閉じた。




