第96話 紗雨のライバル?
96
「桃太おにーさんを意識したら急に恥ずかしくなったサメ。こ、これ以上の進展とかどうすればいいサメエ?」
「「ええーっ」」
建速紗雨が銀色の前髪の下、碧い瞳を揺らして嘆くのを聞いて、三縞凛音は目と耳を覆う包帯を両手で抑え、五馬乂も金色のストレート髪を鷲掴みにして頭を抱えた。
「ねえ、ワタシが言うのもなんだけど、紗雨ちゃんって、男の子に免疫がないんじゃ……」
「オレも幼馴染の、意外な弱点にびっくりだよ! 四ヶ月前まで里の男子にゃ強気だったし、相棒にも押せ押せだったのに。そんなんじゃ、他の子に取られちまうぜ?」
「むふー、聞き捨てならないサメ。桃太おにーさんと交際するのに、ライバルなんていたサメ?」
紗雨は白い頬を林檎のように赤く染めて抗議したが、乂はレジスタンス活動をやっていた頃から、出雲桃太の周囲に何人かの女の子がいたことを覚えていた。
「たとえば、サイドポニーのあの子、〝黒鬼術士〟の柳心紺とかどうよ? 気さくだし、爪や髪までファッションに気をつかっていて、垢抜けた美人だぞ」
「柳心紺さんは、服の趣味こそセクシュアルだけど、実は名門のお嬢様よ。彼女のご実家が〝C・H・O〟に深入りしすぎたから、〝S・E・I 〟への身売りも検討していると、三縞家の伝手から聞いたわ。ひょっとしたら、柳さんも出雲君を狙っているかも知れない」
「むむむ、紗雨は政略結婚なんかに負けないサメ。他にいないなら、大丈夫サメエ」
紗雨は、プルプルと震える拳をかかげて強がって見せた。
「サメ子も政略……、いやいい。じゃあ、柳の相方、祖平遠亜はどうだ? あのショートボブの娘、いつも瓶底メガネをかけているが、外したら凄く可愛いかったぞ」
「そんなお約束は勘弁サメ。でも、桃太おにーさんと関わりあったサメ?」
「祖平遠亜さんは、研修生なのに作戦指揮が抜群に上手かったから、レジスタンスじゃ別動隊の隊長として活躍したみたい。矢上遥花さんの秘蔵っ子として有名になったそうだけど、今のところ出雲君とは関わりがなさそうね、……あ!」
そうなのである。三人は、一番重要な人物を――桃太の恩師であり、紗雨にとって一番の好敵手となるだろう女性を失念していた。
「サメ子、無理だ。あのリボン女、じゃなかった。矢上遥花には勝てない。残念だが、相棒のことは諦めよう」
乂は、革ジャンパーのポケットから、さっき凛音の涙を拭った、白いハンカチを取り出してパタパタと振った。
彼は年の近い教師の大人びた肢体と、幼馴染のこじんまりとした体を想像して。早々に白旗をあげたらしい。
「不良魂はどこいったサメ? 戦う前から諦めるとか、臆病にもほどがあるサメ。ライバルの一人や二人、紗雨の魅力でぶっとばすサメ……」
「でも、もし矢上先生と張り合うなら、厳しいわね」
その時、不意にひので荘の外で何やら物音が聞こえた。
三人はすぐに目配せをかわした。
乂は黄金色の蛇に、凛音は三毛猫に変身し、紗雨はそのままの格好で、入り口へ足音を忍ばせて近づいた。
「……!!」
三人がドアの隙間から覗くと、ひので荘の敷地を区切るツツジの生垣の側に、ふたつの人影が見えた。
どうやら買い出しから戻ったらしい桃太と、山吹色の髪を三つ編みに結った女の子が、三日月が照らす星空の下で踊っていた。
遠目から見てもただならぬ雰囲気で、二人の距離は息が触れ合うほどに近い。
「驚いた、さすがは相棒だぜ。この短い買い出しの間に、新しいライバルを増やしたのか」
「ガイは桃太おにーさんをなんだと思っているサメ? って本当サメエっ」
「あれ、あの子はひょっとして呉君の……」
紗雨も、乂も、そして凛音も、のちに思い返すことになる。
昼に黒騎士と交戦し、夜に三つ編みの少女と出会ったこの日。
出雲桃太は、次なる鬼退治の舞台へ登ったのだ。
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークや励ましのコメント、お星様、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)