第92話 夕食は何にする?
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額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と和解の握手を交わすと、黒髪の和服令嬢、三縞凛音は緊張が切れたのか、〝鬼神具〟である〝ホルスの瞳〟の影響で猫のように変化した耳を垂れ、瞳からボロボロと涙をこぼしていた。
「凛音ちゃん。よく頑張ったサメエ」
ちゃぶ台近くの座布団に正座して見守っていた二人のうち、銀髪碧眼の少女、建速紗雨が彼女の背を優しく撫で――。
「あー、もう泣くんじゃねーよ」
「ありがとう」
金髪ストレートの美青年、五馬乂は、胸元から飾り気のない白いハンカチを出して凛音の涙を拭うも――、こちらは、どうにも荒っぽい。
「ガイの馬鹿。もうちょっと優しく拭くサメッ」
「うるせー。こういうのは慣れてないんだよ。相棒、わかったか? 四鳴啓介か、一葉朱蘭が話を持ちかけてきても、先生の矢上遥花や、外交官の奥羽以遠と相談しろ。……相棒が第二の凛音に、奴らが第二の黒山になるのは勘弁だ」
「わ、わかった。気をつける」
桃太は乂の忠告こそありがたく受け止めたものの、彼の紗雨との距離感の近さに胸がズキリと痛み、気分を変えようと立ち上がった。
「ちょっと外の風に当たってくる。ついでにコンビニで夕食のパンやおにぎりを買ってくるよ。紗雨ちゃん、乂、凛音さん。何か欲しいものはある?」
そう買い出しを申し出ると、まず紗雨が元気よく手をあげた。
「桃太おにーさん、紗雨は甘くてしゅわしゅわした飲み物と、黒いあんこみたいなのが入ったうずまきが欲しいサメエ」
「はーい。炭酸飲料とチョコレートコロネだね。乂はどうする?」
乂は、赤い瞳を片目だけ閉じてウィンクし、堂々たる態度で言い放った。
「相棒、オレは適当なおにぎり。それに日本酒! おつまみはイカを干したやつを頼むよ」
乂の悪びれない注文に、桃太のこめかみがぴくりと震える。
「乂、ここは日本だ。クマ国じゃないので炭酸飲料にするぞ。のしいかは買ってくるから我慢してくれ。まったく変なところで不良ぶるんだから」
「スタバン! じゃあ、コーラを頼むぜ」
「おっけい、紗雨ちゃんもそうしようか。凛音さんはどうする?」
「……」
桃太の申し出に、凛音は瞳と耳をいそいそと包帯で隠しながら、恥ずかしそうに押し黙ってしまった。
「なんでも買ってくるよ。友達と分け合うのもきっと楽しいよ」
「じゃ、じゃあ、お紅茶と、……家では禁じられていたのだけど、ふらいどぽてとを食べたいわ」
桃太は凛音の申し出に、亡き親友、呉陸喜との買い食いを思い出して和んだ。
「わかった、行ってくる。しばらく歩いてくるからのんびりしていてよ」
「桃太おにーさん、額の傷は見せちゃ駄目サメよ?」
「うん。バンダナで隠すし、紗雨ちゃんに教わった変装術があるから、大丈夫だよ」
桃太はそう言って、普段使いのリュックとショッピングバッグを手に取って飛び出し、紗雨と乂、凛音の三人も手を振って見送った。
あとがき
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