第85話 由緒ある新居アパート、ひので荘
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出雲桃太は昨年、西暦二〇X一年に元勇者パーティ〝C・H・O〟のクーデターを収拾したことで、国中に知られた英雄となっていた。
パトカーでかけつけた警察は、そんな桃太を守るために厳戒態勢で保護してくれて、冒険者組合本部からも警備責任者や、安全対策の役員といったお偉方がすっ飛んで来た。
「島内の警備を見直します。本日は安全のため、どうか署内に留まってください」
「二度とこのような不祥事は起こしません!」
「いえ、もういいですから。俺はただの研修生ですし、そんなに心配されても……」
その為、警察施設での宿泊こそ免れたものの、楽しみにしていた建速紗雨とのデートは途中で中断となってしまった。
「トホホ、ごめんね。紗雨ちゃん、まさかこんなことになるなんて」
桃太はこれ以上騒ぎにならぬよう額の傷をバンダナで隠し、銀髪碧眼の少女の手をひいて歩いたものの、がっくりと項垂れていた。
「桃太おにーさんは悪くないよ。それに〝おうちデート〟も楽しみサメ」
紗雨は、そんな年上の少年を元気づけるように手を握り、ぶんぶんと振った。
「そう言ってもらえると助かるよ。紗雨ちゃん、今日は泊まっていかない?」
「いいの、迷惑じゃない?」
「全然そんなことないよ。勇者パーティ〝S・E・I 〟が用意してくれた物件だけど、自由に使っていいって言われてるんだ」
「それじゃあ、遠慮なくお邪魔するサメ」
桃太の秘めた下心を知ってか知らずか、紗雨は帰宅途中もニコニコと微笑んでいる。
「冒険者組合のスタッフが気を利かせてくれたのか、駅も近いし、図書館や運動ジムも近くにあるんだ」
「ご本やトレーニング用の道具がいっぱいあるね。乂が聞いたらうらやましがるサメ。そうだ、桃太おにーさん。映画館はあるのかな?」
「うん、あっちだよ。場面に合わせて客席が動いたりするんだって」
「今度またサメ映画を一緒に見に行くサメエ」
こうして帰宅途中の散歩はおおいに盛り上がり、二人は互いの手を握りしめたまま、ウキウキと楽しい時間を過ごした。
「桃太おにーさん。いっぱいツツジが咲いてるよ。白い花も赤い花も可愛いね♪」
「そうそう、ツツジの生垣が目印で、ここから敷地内なんだ」
しかし、桃太が目的地到着を告げると、紗雨の笑顔は凍りついてしまった。
「と、桃太おにーさん。本当にここが新居? 間違ってない? 紗雨が入っている寮の方が、オートロックと自動ドアがついて、ずっと立派サメ!」
「ここが〝ひので荘〟で間違いないよ。かの英雄、獅子央焔も使った由緒あるアパートらしい」
桃太は人工島〝楽陽区〟の冒険者学校転入にあたり、重要人物ということで、一般寮ではなく護衛が常駐できる特別な物件を用意された。
が、冒険者組合を主導する勇者パーティ〝S・E・I 〟が用意した住まいは、日焼けした築五〇年を超える集合住宅だったのだ。
「桃太おにーさん。絶対に騙されているよ! こんなボロボロの外見で、安全なはずがないサメ」
あとがき
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