第802話 亜大と式鬼
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「離岸さんって、けっこう頼りになるんですね」
「見直したんだサメエ」
西暦二〇X二年一二月一四日朝。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太が親指をあげ、サメの着ぐるみをかぶる銀髪碧眼の少女、建速紗雨が尻尾をびたんびたんと振りながら感心したように告げると……。
レジスタンスが保有するジャンク船の甲板に立つ、キツネに似た顔つきの〝式鬼使い〟、離岸亜大がニマニマといやらしく笑った。
「おおっ、ようやく僕の価値がわかりやしたか。冒険者パーティ〝W・A〟の副代表にするなら、いまがチャンスでやんすよ」
「副代表、ううん、桃太おにーさんのパートナーは紗雨なんだサメエ。だから譲れないんだサメエ」
紗雨は副代表でもなんでもないのだが、亜大の反応を見るべくハッタリをかました。
「おっと、そいつはいけやせん。でしたら、お養父に紹介してくださいよ」
が、亜大は怯むかと思いきや、めげすに今度は紗雨に交渉をもちかける始末だ。
「……」
むしろ、甲板の向かい側で見守る漆黒の全身鎧で武装した黒騎士の方が、紗雨のパートナー発言に対してガシャガシャと音をたてながらポージングを決め、露骨に不快感を示している。
「離岸さん。本当にジイチャンに紹介していいサメエ?」
「やめておきやす。芙蓉コウエン、甲賀アカツキの両将軍や、今をときめく左玄チョウコウ司令のようにブラック労働を押し付けられるのはごめんでやんす」
おまけに紗雨が真剣に問いかけると、亜大はすぐさま退散したではないか。
野心旺盛なのは間違い無いが、やはり情報収集にも長けているようだ。
「離岸さんは、なぜ毎回キャンプを訪ねるたびに必要な物資がわかるんですか?」
桃太の問いに対し、亜大は愉快そうに眼をほそめる。
「ああ、レジスタンスで情報のやり取りをしている式鬼は、だいたい僕が貸し出しているものでやすからね。伝書バト代わりに使っている〝錐嘴鳥〟が運ぶ手紙の中には、仕事だけじゃない私信だって含まれている。そいつを鬼術でコピーしておけば、だいたいの物資の流れが把握できやすよ」
どうやら思いっきり情報を掠め取っていたらしい。
「それって良いんですか? 地球日本なら郵便法や、刑法に触れるんじゃっ」
日本の郵送業者であれば、郵便法第八条『信書の秘密を侵してはならない』に抵触するし……。
たとえ宅配業者であったとしても、刑法第一三三条に基づき『正当な理由なく信書を開封した者は一年以上の懲役または、二〇万円以下の罰金に処される』だろう。
「ああ、レジスタンスのリーダーである朱蘭の姐さんの許可はちゃんと取ってますし、検閲についても先方と約束していやすよ。クマ国で百万人を殺傷した極悪テロ団体、〝完全正義帝国〟から家族や仲間を守ろうという志こそ同じでも、僕らは皆あぶれものの集まりでやんす。なんだかんだ揉めるから、公信も私信も手元にバックアップが必要でやんす」
桃太は情報の盗み見ではないかと思ったが、あくまで同グループ内での規約であらかじめ通告しているなら、グレーゾーンといったところだろうか。
それでも地球日本でやれば、お縄になりかねない暴挙だが、戦時中の異世界クマ国にその常識をもちこむのはナンセンスだ。
「離岸さんってば、危ないことをやっているんだサメエ」
「戦でやんすからね。勝つためには、情報という武器が必要なんでやんす」
三人がやんやと話していると、偵察に出していた嘴が槍のように長い式鬼。〝錐嘴鳥〟が二羽、船へと飛びこんできた。
「「GAAAAAAA!?」」
右腕にとまった、二体の式鬼を見る亜大の顔が真剣なものに変わる。
「おっと、〝完全正義帝国〟のパトロール船団が近づいているようでやんす」
あとがき
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