第793話 紗雨の謎解き
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「志津梅さんは確かに強いし怖いけど、ウメダの里で戦ったおでんオネーチャンや、みずちオネーサンみたいなプレッシャーは感じないサメエ!」
サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨はそう断言するや、落ち葉だらけの大地を踏み抜いて森の中を滑るように走り、テロリスト団体、〝完全正義帝国〟に雇われた赤髪の傭兵、根来志津梅につかみかかった。
「ええ、アタシは……〝一人では戦えないほどに弱い〟ですから」
「ふぎゃん」
しかしながら、志津梅は背負った一抱えもする葛籠からマネキンめいた人形の手を伸ばして、紗雨の足首を掴み、変則的な投げ技で再び距離をとり、拳銃で追撃する。
「あぶないんだ、サメエエ!?」
これにはたまらず、紗雨は空飛ぶ銀色のサメに変身し、地中へ潜って緊急回避した。
「紗雨姫。そもそも戦歴から言っても、雲の上の存在であるお二人と比較されるなら、むしろ光栄ですよ」
紗雨が名前をあげた二人は、異世界クマ国という世界創世以前から戦いに身をおき、二千年を生きてきた付喪神のコンビだ。
半世紀以上前に八岐大蛇の首の大半を刈り取った、養父のカムロを除いて、真っ向勝負で勝てる者なんてほぼいないだろう。
紗雨達が勝利した時も、四対二と数の優位をもらったエキシビジョンマッチでなお、ギリギリの勝利だった。二人に引き換えれば、志津梅はまだ与し易い相手と言えよう。
そのはずなのだが……。
(おかしい。まるで一人で二人を相手にしているような、奇妙な感覚サメエ。クマ国や異界迷宮カクリヨだと、人間は銃を扱えない。使えるのはサイボーグのように肉体の一部として、銃や機械を一体化させた時だけ)
紗雨はサメらしく? 地面の中を泳ぎながら、まとまらない胸の内を整理する。
(ひょっとして、主従が逆なんだサメエ?
志津梅さんが人形を操って引き金を引き、銃を撃っているのではなくて……。
〝祟り鉄砲という鬼神具〟と一体化した誰かが、志津梅さんに背負われて、葛籠の中で一緒に戦っているんだとしたら?)
それは、天啓にも似た発想の転換だった。
ウメダの里の顔役、田楽おでんの正体は、クマ国創世以前の旧世界から残る古びた槍、その付喪神だった。
おでんの喧嘩友達である佐倉みずちは、何度か肉体を変えているらしいが、和琴の付喪神だ。
ならば、〝銃の付喪神〟がいたとしても不思議はないし、それなら他の銃を使える可能性だってある。
「志津梅さん、鬼神具・祟り鉄砲って、どの銃のことサメエ?」
鬼神具は、名前そのまま鬼の力が宿る道具のことだ。
幼馴染の五馬乂であれば、錆びて赤ちゃけた短刀。
黒騎士であれば、両の義腕と蒸気鎧。
しかし、志津梅が使うライフル三丁も、拳銃も、特別に強力な〝鬼の力〟や意識が宿っているとは思えない。
「紗雨姫が何を仰りたいのか、わかりませんね」
志津梅は誤魔化すようにうそぶくが、紗雨は彼女が背負っている葛籠の中を露骨に疑っていた。
「志津梅さんの、葛籠の人形を使った戦い方は、どこかおかしいんだサメエ。地面にある長銃にまるで目を向けずに弾丸を装填して撃っているし、目に浮かぶ殺意と実際に拳銃を撃つまでの間にも空白の時間がある。そして、さっき足を掴んだのも、タイミングが早すぎる」
紗雨は核心をつくかのように、志津梅に問いかけた。
「八岐大蛇から貰ったという蛇の糸も使っていないのに、貴女が背負った葛籠の中で銃撃を代行している人形は、いったい何、あるいは誰なんだサメエ?」
あとがき
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