第78話 緞帳は春の神社であがる
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西暦二〇X二年、四月一日正午。
東京湾内部に造成された巨大人工島、〝楽陽区〟の北部山中に建てられた、氷川神社を参拝する、一〇代の少年少女がいた。
「俺と紗雨ちゃんが、新しい学校に馴染めますように」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、白いマウンテンパーカーを羽織る上半身を折って二度お辞儀をし、薄紅色のストライプが入ったシャツから伸びた両手で二回柏手をうち、青いジーンズを穿いた足で地を踏みしめて一礼した。
「むふふー、二礼二拍手一礼だっけ? 地球の日本だと礼拝作法も決まっているサメ? ごほん。決まっているんだね。紗雨も真似しようっと」
桃太の隣に立つ銀髪碧眼の少女、建速紗雨。クリーム色のチュニックシャツを来て、淡い赤色のスカートを履いた少女も隣の少年にならって礼拝する。
「桃太おにーさん、この神社はどんな神様を祀っているの?」
「八岐大蛇を退治した武神スサノオノミコトだよ」
「す、スサノオノミコトだったんだ……」
紗雨にとってスサノオといえば彼女の保護者であり、ジイチャンと呼び慕うカムロが背負う役名であり、ちょっぴり複雑そうな顔だった。
メインストリートから外れた立地だからか、他に人のいない静かな神域を、二人は手を繋いで散策する。
時に風の音に耳を傾け、時に山の木に見惚れ、穏やかな時間を過ごした。
そうして、神社を出た後――。
「桃太おにーさん、お昼のお弁当だよ!」
「待ってました」
桃太と紗雨はバス停留所近くにある公園のベンチに座り、花壇に植えられた紫色のラベンダーや、赤いペニチュア、黄色のマリーゴールドといった色とりどりの花を眺めながら、重箱を開いた。
桃太が背負うリュックサックに入る二人用のミニサイズといえ、一段目には黄金色に輝く卵焼きに、タコのようにカットしたウインナー、緑鮮やかなサラダ。二段目には和風の煮物、三段目にはおにぎりが敷き詰められている。
満開の桜が舞い散る中、桃太と紗雨は互いの箸を使って食べさせあった。
「アーン。紗雨ちゃんは、本当にお料理が上手だねえ」
「カムロのジイチャンが付きっきりで教えてくれたサメ。……今は感謝してる。だから新しい学校で、言葉使いも頑張るよ」
桃太と紗雨は、冒険者組合代表の獅子央孝恵が校長を務める、国内で最も古い歴史を持つ冒険者育成学校への転入が決まっていた。
紗雨は、地球の学校入学が決まったことを契機に、特徴的な語尾を人前では改めようと取り組んでいた。
『桃太君は英雄になっちまった。紗雨よ、隣で悪目立ちしたら、まずいだろう?』
彼女の故郷、異界迷宮カクリヨの最奥にある異世界クマ国の代表カムロから、上記のような手紙が届いたからだ。
「紗雨は、サメ映画を見るのも好きだけど、桃太おにーさんとこうやって遊ぶのが一番楽しいよ」
「俺も紗雨ちゃんと一緒に過ごせて嬉しい。日本には珍しいもの、美味しいものがまだまだたくさんあるんだ、二人で素敵な思い出を作ろうね」
氷川神社のある北の山からは、神奈川県に繋がる線路を兼ねたキラキラと輝く西の連絡橋や、大きな船が何隻も泊った南の波止場、彼らが転入する冒険者育成学校の校舎がある東の都市区画を一望できた。
(絶景だなあ。いい雰囲気だし、ここはもう一歩)
桃太が紗雨と手を繋ごうと右手を伸ばした時、不意に濃厚な戦場の匂いを嗅ぎ取った。
(なんだ、火薬? いや、戦場の匂いだ)
桃太は咄嗟に紗雨を抱いて、横っ飛びに跳ねた。
「紗雨ちゃん、こっちへ」
「サメメ? 桃太おにーさん、いいムード……」
あたかもスイッチが切り替わるように、公園が灰色がかった景色に早変わりする。
次の瞬間、広場に着弾した銃撃が、空になった弁当箱とベンチをチリに変え、石畳に大穴を空けた。
「ただの弾丸じゃない。黒山と同じ、〝鬼の力〟を込めた弾丸の砲撃か?」
「桃太にーさん。前に獅子央賈南も使った、ほんの少しだけ世界をズラす〝時空結界〟を張られているサメ。水筒の水で囮を作るよっ。南から来るサメっ」
☆注目★
第二部も最初から登場
建速紗雨ちゃんです^^
あとがき
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