第77話 次なる騒乱へ
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西暦二〇X一年、一二月三一日。大晦日の夜。
東京湾内に作られた人工島〝楽陽区〟に建てられた冒険者組合本部のラボラトリーにて……。
「カムロ様。地球は、今話した通りだよ。出雲桃太クンは、獅子央焔に継ぐ英雄として、新聞、ラジオ、テレビに、動画投稿サイトと引っ張りダコさ。彼と矢上遥花が広めたおかげか、五馬家の冒険者を中心にダンスが流行はじめてね、今じゃ一大ムーブメントになっているよ」
ナマズ髭をつけた鼻眼鏡の女、寿・狆が大型モニターを通じて、異世界クマ国の代表たる牛仮面の男、カムロと言葉を交わしていた。
「冒険者は元々鍛えていて、肺活量や身体能力に長けているからな。ダンスの素養はあったということか」
「若い子のキレキレのダンスを見ていると、全身の細胞が活性化しそうだよ。まあ、吾輩は何度も若い体と交換しているのだがね」
カムロは鼻眼鏡をかけた女の猟奇的なジョーク、あるいは、身の毛もよだつ真実を鼻で笑った。
「獅子央孝恵と、獅子央賈南はどうしている?」
「孝恵代表は石化の呪いを解かれたが、自宅に引きこもっているよ。じきに新たな代表が選出されることだろう。賈南はでっちあげの死体が発見されたから、法的には死亡したことになる。三縞凛音と同じようにね。彼女、クマ国の預かりになったんだろう?」
ナマズ髭眼鏡の女が愉快そうに尋ねるも、牛仮面の男は苦虫でも噛んだように顔をしかめた。
「五馬乂がカクリヨから連れ帰った三縞凛音は、クマ国に亡命した。という建前で、人質として好きにしろだとさ。どうやら、この地球という世界の日本政府は、現代ではなく中世の論理で動いているらしい」
「おやおや、カムロ様が、中世並みに頭が固くて潔癖症なだけじゃあないかい?」
「……そうかもな。もう、僕の出張る時代じゃない」
モニターに映るカムロも思うところがあったのか、反論せずに寿を名乗る学者を見つめた。
「地球側の混乱は収束した。寿・狆いや。オモイカネの役名を担う者、オウモよ。これ以上、クマ国の技術提供は不要だ。作戦を完了して帰還せよ」
「その命令は聞けないね。そもそも〝吾輩も〟日本に亡命して、もうクマ国の人間ではない」
牛の仮面を被った男と、鼻眼鏡をかけた女の視線が、モニター越しに衝突しに火花を散らす。
「カムロ様。二つの世界を分けておきたい気持ちはわかるけど、一度混ざったミルクティーを分離させるのは不可能だ。八岐大蛇を退治する為には、クマ国と地球、二つの世界が力を合わせなきゃいけない」
オウモの言葉は、表面上は正論だったろう。
「オウモ。クマ国を動けない僕の代わりに、地球で力を尽くしてくれたことには感謝している。けれど、僕に隠れて良からぬ研究に勤しんでいることも知っているんだ」
カムロは、オウモの鉄面皮に隠された、わずかな動揺を見抜いていた。
「元勇者パーティ〝C・H・O〟との決戦の後、鷹舟俊忠が使っていた〝鬼神具〟、〝茨木童子の腕〟が行方不明になっている。手を回したのはお前だろう? 楽屋裏で歴史の立会人を気取るつもりなら、思い上がるんじゃない!」
「心外だ。吾輩はすでに舞台に上がっている。カムロ、貴方と出会った時からね。だからこそ、次の開演が迫っているのに、劇場から出る役者がどこにいるのさ? 今日の〝通神〟はここまでにしよう、また会おう。友よ」
オウモは通信が終わった後、画面に映らぬよう隠していたシーツを払った。
怪しげな機械が積まれたベッドには、黒髪の大柄な少年が横たわっている。
そこにあったのは、亡くなった桃太の親友、呉陸喜の肉体だ。
彼の両腕には、回収された機械仕掛けの義腕が取り付けられて、……一度止まったはずの心臓が再び動いていた。
「フフフ、この鬼神具こそ、研究を次のステージに進めるカギだった。〝巫の力〟、何するものぞ。吾輩は作り上げる。人の手による英雄を!」
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12/22(木)より、第二部を投稿いたします。
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