第773話 砂丘支配者、悪鬼変生
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「乂、サッカーと野球をごたまぜにするな。それはそれとして、柳さんが担う役名、〝砂丘騎士〟と似た力を使っているんだ。このひとも、今でこそ〝完全正義帝国〟に参加したと言え、裏切る前はオウモさんが率いる〝前進同盟〟の参加者だろう? 役名〝忍者〟の〝奥の手〟を、変身が解けるってことを、知らなかったのか?」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、右腕に衝撃波を巻きつけた刃をふるい、異世界クマ国で百万人を殺傷した〝完全正義帝国〟の軍事指揮官、地霊将軍ダンキンを相手に切り結びながらぼやいた。
「知っておったら、先の一撃で殺しておるわ。オウモめは、重要な秘密は我らには隠しておった。ゆえに反逆したのよ。そもそも、出雲桃太が合体変身する相手は別の者ではなかったのか? 情報だ。正しい情報さえあれば、こうはならなかったものを!」
ダンキンが憤怒もあらわに嘆くのに対し、空飛ぶバイクに乗って赤茶けた短剣を振るう金髪赤目の少年、五馬乂は、ニヤリとほくそ笑んだ。
「いやあ、最近はサメ子に相棒を取られっぱなしだったからな。あいつと〝前進同盟〟の黒騎士さんも見ていることだし、ここいらでひとつ、本当のパートナーだからできる連携ってやつを見せてやろうぜ」
乂が金色の髪と漢道と書かれた革ジャンパーを風にたなびかせながら高らかに宣言するや、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨が「勝手なことを言うなサメー!」と地団駄を踏み……。
露骨に煽られたことでキレた黒騎士が、無言で乂が乗るバイクのタイヤスレスレを狙って銃弾を撃ち込んできたが、面の皮が厚い彼は気にも止めなかった。
「キョキョキョ、わしが負ける? ありえん。相手が二人いようとも知ったことかっ。一人ずつ倒せばいいだけのことよ。こちらも奥の手を切らせてもらおう。弱体化が通じないというのなら、自身を強化するまでだ」
そしてダンキンもまた、劣勢を自覚してなおも諦めず、瞳を赤く輝かせながら、〝鬼神具・深森悪霊の宝玉〟から鬼の力を引き出し、ガスを固形化させた鬼面をかぶった。
「オウモめが作り出した〝砂丘〟の初期作は、を鎧の一部として身にまとうそうだが、ぬるいわ。〝鬼の力〟と一体化してこそ、見える境地がある」
ダンキンは発言のとおり、柳心紺のように〝砂丘〟を身につけるのではなく、〝鬼の力〟を秘めた砂とガスを自らの肉体に取り込み始めたではないか。
「待て、ダンキンさん、それをやったら戻れなくなるぞ」
「ドーユーウォンチューダイ?(くたばりたいのか)」
桃太と乂は目に見える破滅を止めようとするものの、ダンキンは止まらない。
「舞台蹂躙 役名変生 ――〝有角蹄鬼〟!」
彼は元々ふくよかで大きな体をよりマッシブに変貌させ、巨大な二本のツノとしっぽ、獣がごとき蹄を持つ悪鬼へと姿を変えた。
「出雲さんっ。〝有角蹄鬼〟とは、スラヴ系の神話伝承に伝わる鬼の名前です。闇を司る神、チェルノボーグの息子であり、キリスト教の影響下では、サタンのしもべたる悪魔とも扱われました。そうなってしまってはもはや正気では……」
「いいや、イタル君。この人は〝変わらない〟よ」
桃太はジュシュン村で声をあげた芙蓉イタルに対し、冷静に訂正した。
「さあ、もう一戦やろうカ!」
なぜなら桃太の眼前に立つ巨躯の悪魔――〝砂丘〟を変化させた砂の翼と、ガスのマントを翻すダンキンの目は、確かな正気をたもっていたからだ。
「ダンキン将軍。鬼に堕ちてなお、自我を保てるアンタは間違いなく強い。その執念は、必ずや俺たちの脅威になるだろう。だからこそ、ここで止める」
あとがき
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