第746話 屍体人形の弱点と焦土作戦
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「く、空気が変わったサメエ」
「ヒスイ河の戦いの結果でしょう。おそらく〝完全正義帝国〟が防衛線を引き下げ、補給路の繋がる部分まで縮小した結果、維持できない人形を捨てていったと思われます」
サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨は、ダブルカヌーを出て河に転がる大量の人形兵器にぶるぶると体を震わせ、女物の服を着た黒髪褐色肌の少年、芙蓉イタルもまた近づいて興味深そうに覗き見る。
「人形とはいえ元はクマ国民の遺体だぞ。〝完全正義帝国〟め、なんて真似を……」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、蛮行に目をつりあげたものの、今は怒っている時間も惜しいと、深呼吸して意識を切り替えた。
「みずちさん、〝完全正義帝国〟は負けたといえ、なんで貴重な戦力を捨てていったのでしょう?」
桃太は奇襲に備えるべくダブルカヌーに残って周囲の気配をさぐりつつ、二千年を生きて戦闘の経験も多いであろう、セーラー帽をかぶった水色髪の付喪神、佐倉みずちに尋ねた。
「桃太君。屍体人形は、わたし達のような付喪神と違って、自分の意思では動けないから、マリオネットの糸を手繰るものが必要なのよ」
これより少し前……。
異世界クマ国の代表カムロが抜擢した指揮官、左玄チョウコウは、強襲揚陸部隊を率い兵站をズタズタにしたばかりか、最強の敵であったゼンビンの足止めに成功。
その隙にクマ国の陸軍を束ねる白髪の将軍、芙蓉コウエンと、空海軍を兼ねた特務部隊を指揮する甲賀アカツキは、武器と食料が枯渇した〝完全正義帝国〟を散々に打ち破った。
その結果、元々少なかった屍体人形を操る指揮官が、絶対的に足りなくなったのだろう。
「なるほど。どれだけ沢山の屍体人形があっても、動かせなくなったら無用の長物。だから、こうやって放置して逃走したのか」
「八岐大蛇・第六の首ドラゴンリベレーターも、その力を借りた〝完全正義帝国〟も理解していなかったようだけど、屍体人形は、兵士に代わる存在にはなり得ない、ということね」
桃太とみずちが意見交換をしていると、人形の検分を終えた紗雨とイタルが船に戻ってきた。
「桃太さんもみずちさんが推測された通りだと思います。ただコウナン地方北部に入ってから、里のほとんどが焼かれています。自軍からも略奪したのか、あるいは、……焦土作戦を狙っているのかも知れません」
イタルの発言に、桃太は顔から血の気がひいた。
「焦土作戦って、昔フランスのナポレオンが攻め込んだ時、ロシアのアレクサンドル一世が首都モスクワを明け渡した代わりに、自国の物資やインフラを破壊して、飢えさせて撤退させたって作戦だっけ……。地球から逃げて保護してもらったクマ国でやるなんて、信じたくない。自軍への被害も大きいだろうに」
桃太は口に出すことで、改めて〝完全正義帝国〟が理解していないだろうことに気づいて恐怖した。敵は、屍体人形と人間の区別がついていないのだ。
「桃太おにーさん、あっちの岩陰を見て。今度は本物の死体があるサメエ」
「え、紗雨ちゃん。どこどこ?」
紗雨の指摘に従って、桃太達が振り向くと、少なくないテロリスト達が全身に傷を負った苦悶の形相で、屍体人形と共に倒れていた。
「鬼に堕ちた者の末路か」
どうやら道なき道を逃げようとしたゆえか、コウナン地方特有の湿地や山岳に足を取られて動けなくなり、冬の寒風にさらされて天の裁きを受けることとなったようだ。
「桃太さん、遠視鏡で見てください。あそこにジュシュンという、まだ焼かれていない村があるようです。〝完全正義帝国〟の兵士達は、あそこへ辿り着こうとして叶わなかったのでしょうか?」
あとがき
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