第73話 〝稀代の悪女〟獅子央賈南
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出雲桃太が振り返ると、黒山犬斗のすぐそばで、左目尻に傷のある妙齢の女が立っていた。
胸元と背中を大きく開いた、黒いイブニングドレスをまとう女は、特段目立つ美貌や豊かなスタイルというわけではなかった。
だというのに、桃太は匂い立つような彼女の色気に頭がくらくらする。
「獅子央賈南、助けに来てくれたのか。そうだろうとも、お前はわしを選んだのだから。お前の望む通りに、目障りな三縞家を葬ってやったぞ!」
「ああ、妾の見込み通りだったぞ、黒山犬斗。お前が無様に踊る光景は、胸がすくほどに滑稽で愉快だったとも」
〝鬼の力〟に肉体を食われ、四肢を失った黒山が歓喜の声をあげるも、賈南の反応は冷ややかだ。
「貴様、言葉が過ぎるぞ。わしを誰だと思っている? エリートだからこそ、強大無比な鬼の力を使いこなしたのだ」
「……汝は神話伝承に疎かったな。誤解しているようだから、教えてやろう。〝C・H・O〟に与えた〝鬼の力〟は〝ソロモン七二柱の魔神〟だ。多くの悪魔を率いる軍団の長にして、その本質はソロモン王に使役される〝使い魔〟よ」
桃太は賈南の発言の裏に潜む、残酷な真意に気づいて身震いした。
「使い魔、だと?」
「もっとわかりやすく言ってやろうか。黒山よ、お前は、妾ら八岐大蛇にとって、ただの猿回しの猿だった」
「うわあAAAAA!?」
黒山は残酷な真実に心が耐えきれなかったのか、狂ったように吠え叫びながら、ゴロゴロと跳ね回った。
「貴女が、獅子央賈南なのか?」
桃太は浅い息を吐き、賈南へ吸い寄せられるように一歩を踏み出したところで、建速紗雨にマウンテンパーカーの裾を引かれた。
「桃太おにーさん。近づいちゃ駄目」
「紗雨ちゃん?」
桃太は、彼女の言葉遣いに違和感を覚えた。
銀髪碧眼の妹分が、語尾にサメエをつけていなかったからだ。
彼女は見慣れたサメの着ぐるみ姿ではなく、純白の小袖に緋色の袴を穿いた、巫女の姿となっていた。
「小娘、そう殺気立つな。この場で戦う気はない。出雲桃太、八岐大蛇の〝三の首〟を討った其方を、妾は口説きに来たのだ』
美しい魔女の意外な呼びかけに、世慣れない少年は腰が抜けるほど驚いた。
「僕を口説きに来た? だって」
「そうとも。妾は男運というものがなくてな。夫の孝恵といい、この黒山といい、出会う男はまるでダメな男ばかりだ。桃太よ、お前に惚れた。妾と共に新世界を築こうではないか?」
桃太は差し伸べられた手に、一瞬戸惑った。
賈南の気配が、カムロに似ていたからだ。おそらくは同等の強さを秘めた傑物なのだろう。
「……悪いけど、貴方のことは好きになれそうにない」
「ふむ、今の妾が気に入らぬというならば、聖女でも娼婦でも、其方の望むままに演じよう。妾と契約を結べば、あらゆる願いを叶えられるぞ?」
賈南が唇を開いてちろりと舌を見せると、桃太は蛇に睨まれた蛙の気分を味わった。
「黒山に力を与えたのは貴方だろう? 今度は俺を利用する腹づもりならば、お断りだ」
「ベーだ! ふられちゃったね。桃太おにーさんは渡さないよ」
あとがき
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