第743話 イタルの目的
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「……はは、チョウコウ兄貴は普段ちゃらんぽらんでも、やる時はやる男ですから」
女物の服を着た黒髪褐色肌の少年、芙蓉イタルは、憧れの軍神ミカハヤヒの真実を知って前後不覚に陥ったものの、なんとか再起動した。
「イタル君。わたし達は、このままクマ国軍の支援を続けるのかな?」
セーラー帽をかぶった水色髪の付喪神、佐倉みずちは、これ幸いと話を変えつつ、コウナン地方の地図をもってくる。
「いいえ、みずちさん。ここからが本番、方針を転換します」
イタルはみずちから受け取った地図を片手に、鉛筆で◯や△といったマークを書き込みながら断言した。
「クマ国軍はヒスイ河の決戦で勝ったといえ、負けた〝完全正義帝国〟に追撃を阻まれたところを見るに……。
将帥の負傷か、荒廃した村落の救難か、なにかしら問題を抱えているはず。
チョウコウの兄貴もゼンビンと戦って無傷とは思えませんし、コウナン地方の東部と西部を解放した後、クマ国軍が北部へ踏み込むには、いましばらくの時間がかかることでしょう」
イタルの推測は、コウナン地方北部の村々で噂される戦の推移、行商人が秘密裏に売りにくる新聞の情報をつなぎ合わせたものだったが、おおよそ的を射ていた。
司令官代理の左玄チョウコウ、陸戦将軍の芙蓉コウエン、空水軍を束ねる特務隊長の甲賀アカツキといった指揮官全員が、〝完全正義帝国〟の前線指揮官である〝殺戮者〟ゼンビンとの激突で深傷を負っていた。
そして、クマ国の一般兵士達もまた、〝完全正義帝国〟の暴虐を受けた村落の救援と、残党兵の対処にキリキリ舞いで、およそ動ける状況にはなかった。
「ぼく達は、この猶予を利用させてもらいましょう。桃太さんと紗雨さんの願いを叶え、カムロ様が目論む〝三世界分離計画〟を阻止するために、クマ国軍ではなく、我々の手で 〝完全正義帝国〟との結着をつけるんです」
イタルの宣言を聞いて、額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、サメの着ぐるみをかぶった少女、建速紗雨は頬をほころばせた。
「イタル君、俺たちのことも考えてくれていたんだ」
「サメーっ。助かるサメエ」
みずちは、地図に鉛筆を走らせるイタルの幼い顔を覗き込んだ。
「イタル君も、地球に戻りたいのかしら?」
「いいえ、ぼくはクマ国で生まれ育ったし、チョウコウ兄貴との思い出があるから、実は地球にそれほど興味はないんです。でも、どんなに偉い人でも無理矢理押し付けられるのは嫌です」
イタルはみずちの美しい横顔にドギマギしつつも、過酷な体験を越えてきたゆえか、幼い年齢に似合わぬしっかりとした口調で断言した。
「そして仮に、ですが……。もしもカムロ様の方策通り、多大な犠牲を払って八岐大蛇の首を落とした後、三世界を分離しても、ハッピーエンドにはなりません。
異界迷宮カクリヨで新たな首が台頭し、なんらかの手段で再び繋げられる可能性が残ってしまう。
それでは時間稼ぎにしかならない上に、地球とクマ国は三世界分離の反動で弱体化している可能性が高いです」
桃太と紗雨は、イタルの推察を聞いて、まさにその通りだと、何度も首を縦に振った。
「イタル君のいう通りだ。今の地球は、カクリヨの資源とクマ国の技術交流で社会を維持しているから、急に断ち切ったらどれだけの被害が出るか想像もつかない」
「クマ国はクマ国で、いきなり鎖国なんかしたらえらいことになるサメエ」
三人の意見はここに一致し、目的もまた重なろうとしていた。
「ぼくは思うんです。異界迷宮カクリヨに対抗し、八岐大蛇の首という問題を根本的に解決するためには、きっと地球とクマ国の両方が必要だ。それは、八岐大蛇の首を討ってきた、桃太さんと紗雨さんの旅路が証明しています」
あとがき
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