第742話 イタル、ミカハヤヒへの憧れ
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「実はぼく、クマ国神話に出てくる男装の女神ミカハヤヒ様のファンなんです。軍を率いれば一騎当千なのに、家事の達人で、食事を作れば神々が天上に昇るほどの料理を作ったとか」
女装した黒髪褐色肌の少年、芙蓉イタルは黒い目を星のように輝かせながら、ミカハヤヒへの憧れを告白した。
「そうなんだ。軍を率いても料理を作っても一流だなんて、ミカハヤヒさんって凄い人だったんだね」
「一度食べてみたいサメエ」
十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、サメの着ぐるみをかぶった少女、建速紗雨も、彼に感化されたようにうんうんと頷く。
「ぶーっ!」
が、一千年の時を生きる、セーラー帽子をかぶった水色髪の付喪神、佐倉みずちは口につけた湯呑みから盛大にお茶を吹き出した。
「みずちさん、むせたんですか?」
「タオルをとってくるサメエ」
「昔、会ったことがあるけど、軍神ミカハヤヒは確かに尋常じゃない料理を作っていたわ。……あのしぶとい田楽おでんが成仏しかけたくらいだし」
桃太と紗雨はみずちの後始末をしながら、彼女の過激な反応を見て、顔を見合わせた。
「ねえ、紗雨ちゃん。以前、賈南さんがスサノオの奥さんが作った料理があまりの不味さで、八岐大蛇の眷属(眷属)を全滅させたって言っていたよね」
「神々が天上に昇るほどの料理って、まさか、そういう意味なんだサメエ?」
二人は八岐大蛇の首の一人である、伊吹賈南から「クマ国創世で活躍した武神スサノオの奥方の中には何人かマズメシの作り手がいる」と耳にしていた。
その中の一人が、軍神ミカハヤヒだったとしても不思議はないのだ。
幸い、イタルはみずちがミカハヤヒに会ったときいてテンションをあげて、二人の声は耳に入っていなよいようだ。
「え、みずち様は、軍神ミカハヤヒ様と会われたことがあるんですかっ。どんな信念があって男装されていたか、知りませんか?」
「あー、そのー、彼女は男装の方が動きやすいから着ているんだと言っていたわよ」
「そうなんですか。やはり普段から職業意識の高い方だったのですね」
イタルに詰められたみずちの顔色は赤青白とコロコロ変わり、最後には諦めるように言葉を紡いだ。
「白状するわね。わたしが見たところ、ミカハヤヒは炊事洗濯こそ達人だったけど、料理はスサノオ以外の全員が卒倒する際どいものを作っていたし……。男装も旦那とのプレイというか、イチャイチャする時のスパイスみたいな、そんな感じだったわね。公的な場所でも気にせず甘えあっていたし」
「いや、そんなまさか。えらいひとが変な料理を作ったり、趣味で服装を決めるなんておかしいですよ。桃太さんや紗雨さんはどう思われます?」
イタルは、桃太と紗雨に助力を頼もうとする。…… が!
「り、料理は自由だからね」
「さ、サメーっ。服装の趣味だって大事サメエ」
「しまったーっ!」
まさに特徴的な料理をつくる地球日本最強の冒険者パーティの代表と、趣味のサメ一色で染まったクマ国代表養女の格好を見て、若き常識的な少年はその場で突っ伏してしまう。
「い、イタル君、話を戻しましょう。左玄チョウコウは、前進同盟の頭だったオウモが、彼ならと見込んで兵站輸送を任せた腕利きよ。とはいえ、犬猿の仲だったクマ国陸軍と海空特務部隊を和解させ、ここまでの大勝利を勝ち取るとまで思わなかった。たいしたものね」
「……はは、チョウコウ兄貴は普段ちゃらんぽらんでも、やる時はやる男ですから」
あとがき
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