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第741話 芙蓉イタルという少年

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「桃太さんや紗雨さんの言う通りです。川や海は、制水権を握っている側には、便利な防壁であり道路ですが、ない側にとってはいつ敵の奇襲を受けるかわからない死地となります。〝完全正義帝国スプラヴェドリーヴォスチ〟は、長老達はもちろん、リノーもゼンビンも理解していなかった。でも、チョウコウ兄貴は違います。ぼくたちのアシストから完璧な満塁逆転ホームランを決めてくれました」


 女性ものの服をきた黒髪褐色肌の少年、芙蓉ふようイタルは、兄貴と慕う左玄チョウコウの活躍が我がことのように嬉しいのか、頬を綻ばせていた。


「イタル君は、チョウコウさんと知り合いだったんだよね」

「サメーっ。すっごく尊敬しているのがわかるサメエ」


 額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太いずもとうたとサメの着ぐるみをかぶった少女、建速紗雨たけはやさあめがそんな彼の様子を見て、ニコニコ笑顔で尋ねるとイタルもまた胸をはった。


「はい。出会った頃の兄貴は、ガキ大将みたいな感じだったのですが、ぼくたちのような……長老達に目をつけられた家の子にもよくしてくださいました。食糧配給すら無視される日が続いた時にも、どこからか集めて分けてくださったんです。兄貴は命の恩人です」


 イタルの過去を聞いて、セーラー帽をかぶった水色髪の付喪神つくもがみ、佐倉みずちは、湯呑みに入ったお茶を配りつつ、イタルの過酷な体験を聞いて口を挟んだ。


「クマ国陸軍の芙蓉コウエンさんからは、芙蓉ふようの家は地球では名の知られた名門だったと聞いていたけど、たいへんだったのね……」

「名門、だったんでしょうか。本棚には軍事関連の論文やら書籍やらが山積みでしたが、壁も屋根も崩れて、安全とはとても言えませんでした」


 イタルは首をかしげる。彼にとって生まれた家は学ぶ場であっても、心安らぐ場所ではなかったらしい。


「コウエンさんの名前は知っています。地球にあった我々の故国がモンスターに滅ぼされた時、最後まで諦めずに抵抗を続け、我々の父祖が異界迷宮カクリヨを通じてクマ国へ脱出するのを助けた功労者だとか。でも、強すぎたからこそ忌み嫌われ、当時の国家指導者によってスパイ容疑の濡れ衣を着せられて、奥様が拷問にかけられて殺されたそうです」

「なんて、ことを」

「そんなことが……」


 桃太と紗雨は、芙蓉コウエンがクマ国上層部の中でも、特に地球へ敵意を燃やす過激派と聞いていたが、かくもいたわしい過去があるのなら、無理もないのかも知れない。


「指導者達はやがて長老を名乗って、コウナン地方に巣喰い、表向きは多様性の尊重だのクマ国に新しい風をだのとデタラメなスローガンを掲げて〝前進同盟ぜんしんどうめい〟に参画しましたが、……結局は裏切ってこのザマです。彼らこそもっとも古臭い価値観に縛られた狭量な存在に他ならない。だから、ぼくはこういう服を着ているんですけどね」


 イタルはお茶を飲んだ後、フリルのついた女物のシャツの袖をひらひらとふり、スカートの裾を持ち上げてポーズを決める。


「あ、イタルくんの格好は、趣味だけでなくわざとだったんだ」

「ええ。気持ちだけでも、お前達なんかに従わないぞと、見せつけたいじゃないですか」


 それに、と、イタルは無邪気に続けた。


「実はぼく、クマ国神話に出てくる男装の女神ミカハヤヒ様のファンなんです。軍を率いれば一騎当千なのに、家事の達人で、食事を作れば神々が天上に昇るほどの料理を作ったとか」

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イタル君、その『天上に昇る』ってのは悪い意味でなんだ(遠い目)
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