第739話 ヒスイ河の戦い
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「チョウコウさん! 死なないで!」
西暦二〇X二年一一月二五日。
茶髪天然パーマの青年、左玄チョウコウは命を賭けて、強敵ゼンビンを引きつけて無力化した。
それから五日後の一一月三〇日。
再び指揮権を預かったカムロの指示のもと、クマ国軍はヒスイ河周辺に陣を敷いた〝完全正義帝国〟軍と激突。
「あの新入りが命をかけて作った好機、生かせずしてなんのための忠義か!」
「あれほどの覚悟を見せられたんだ。我らも彼の男気に応えなければ!」
クマ国軍は、チョウコウの奮戦に背中を押されて奮起。
陸軍をまとめる芙蓉コウエン隊が東側から正面から引きつけ、空水軍を有する甲賀アカツキ隊が西の空から飛び込んだのち、背後に迂回して奇襲。
屍体人形を含めておよそ一〇万の軍勢を完膚なきまでに打ち破り、反攻を成功させた。
「「どこだ、どこに敵がいる。うわああ」」
コウナン地方東部、西部へと侵攻した〝完全正義帝国〟は、前線指揮官であるゼンビンをかいたことで大敗し、指揮系統が完全に崩壊。
兵士たちは風の音や鳥の声に怯える始末で、砂の城や積み木を崩すように打ち取られていった。
「風声鶴唳とはこのことか。我々も肝に銘じなければ、な」
カムロは大鏡を通じたリモート会議〝遠隔通神〟を繋ぎ、大戦果をあげたMVPをねぎらった。
「チョウコウ。よくぞあの状況で生還した。推薦した僕も鼻が高いよ。クマ国の戦士達は、誰もが君を名参謀だと讃えている」
「過剰な評価だよ。命を拾ったのはバンジュちゃんの手厚い看護のおかげだし、今回の作戦だってイタルから聞かされたクマ国に伝わる伝説の軍神ミカハヤヒの逸話を翻案したものだ」
通神の鏡に映るチョウコウは、困ったように包帯をまいた胸元押さえる。
「チョウコウ。神話に謳われるミカハヤヒは、指揮能力も高かったが、素人の兵士すらも狂奔させて歴戦のベテラン部隊を打ち破る特殊なカリスマ性を持っていた。純粋な指揮だけで彼女の作戦を再現できるなら、君もまたクマ国史に残る参謀、あるいは名将となるだろう」
「お世辞と受け取っておくよ。でも、少し気が楽になった」
カムロとチョウコウが通神を終えた日から数日の後……。
クマ国はヒスイ河の戦いで勝利したことにより、既にカムロが取り戻していたコウナン地方の南部に加えて、東部、西部の完全奪回に成功する。
「ふん、敗戦で将帥を失ったあまり、後方では地球日本からやってきた、ロクツジなる馬の骨が幅をきかせているときく。ゼンビンもリノーも情けないものよ。これは、きゃつらめに代わり、この地霊将軍たるわしが取って変わるのも一興かっ!」
〝完全正義帝国〟軍は、チョウコウも警戒していた歴戦のつわもの、地霊将軍ダンキンが殿軍を引き受けてコウエンとアカツキを押しとどめ、北部への退却を成功させる。
しかし、逃げられた者はごく一部にとどまり、その勢力を大きく減じることとなった。
「ふむ。ゼンビンとリノー以外にも将はいるものだな。だが、こちらもコウエンとアカツキが一皮剥けたし、葉桜千隼や葉桜万寿のような若手も少しずつ育ってはいるようだ。なにより左玄チョウコウを引き抜けたのは幸運だった。次の時代は彼や彼女達が担ってくれるだろう」
カムロは長年の懸念が晴れて、ようやく胸を撫で下ろした。
「これでいい。僕が死んだあと、カクリヨに勝てなくなりましたでは困る」
牛頭に似た仮面をかぶる老齢の幽霊カムロは、大蛇のように赤く染まった瞳で、夕陽が照らす川面に浮かぶ自身の姿を見つめた。
「長く続いた残業、最後の仕事だ。八岐大蛇の首は、僕の代で一体も残さず終わらせる。例外は、ない。……だから、桃太君、紗雨、乂、頼むぞ」
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数日の間お休みをいただいて、八月八日金曜日より、桃太君視点となる後編を再開します。お楽しみに。