第７３８話 左玄チョウコウが勝ち取ったもの
７３８
「チョウコウ。臆病者め。少しはやる気に火がついたか！」
「司令官、いけません、血が、さがって」
異世界クマ国の強襲揚陸部隊〝北府隊〟副官である、桃色の髪を縦ロールにまとめた鴉天狗、葉桜万寿は、上官である左玄チョウコウが彼女を庇い、刃を受けたのを悲鳴をあげた。
「バンジュちゃん、ここはまかせろ。ゼンビン、臆病者の意地を見せてやるよ」
しかしなから、チョウコウは、ゼンビンに斬られた血で、茶髪天然パーマを真っ赤に染めながらも戦闘を続行。
「ゼンビン、以前の戦いでわかった。お前の無敵という手品には、ちゃんとタネがある。いくつもの防衛術を重ねがけしているんだろ。バンジュちゃんが削り取った今なら、俺にも勝機はあるはずだっ」
チョウコウは、赤く輝く日本刀が繰り出す突きと薙ぎ払いを、驚異的な洞察力でかいくぐる。
「カムロさん相手には決められなかった、全力全開を見せてやるよ」
「グハハ、そうでなくてはなっ」
チョウコウは、川面を断ち割る剛剣を自ら前に飛び込んでかわし、赤い光撃に竜人装束をくだかれながらも前進をやめない。
「鬼術・竜牙閃光、くらいさらせえっ！」
偽物の豪傑は火事場の馬鹿力を発揮し、恐るべき殺戮者の顎を右拳でぶち抜いて、骨を割った。
「……ぢ、チョウコウ。お前の強さは警戒していた。侮ったつもりば、なかったんだがな」
万寿が必殺技を浴びせ、チョウコウが力いっぱい殴りつけてなお、ゼンビンは余裕の笑みを浮かべていた。
されど、〝鬼の力〟を相当に消耗した上に、顎骨が割れるほどの強烈な一撃で脳をゆらされたせいか、ついに足がとまり、火に燃える水の中へ大の字になって倒れ込む。
「どうだ、ゼンビンっ。もう一度、言ってやる。お前は俺よりずっと強いが、今回勝ったのは俺達だ」
「グハハ。ハハハハ。ぞうか、個人の武勇だけでは勝てない。ならばこそ、戦争は面白い！」
ゼンビンは笑いながら水没し、戦場から姿を消した。
「何が面白いものか。痛いわ苦しいわ、やっていられないっ」
チョウコウは口から血を流しながら吐き捨てると、まだ残っている敵の残党をかえりみた。屍体人形はまだ残っているものの、もはや脅威ではない。
なぜなら、この戦場に残された〝完全正義帝国〟の指揮官達は心が折れたのか、燃える船の中で右往左往しながら、吠えたけっていたからだ。
「「おい、輸送隊長チョウコウよ、我々を助けよ」」
「お前達が殺した非力な子達にも、同じことが言えるのかい？」
チョウコウは元同僚であった義理から、〝完全正義帝国〟に残る指揮官達の真意をはかるべく問いかけたものの……。
「「異世界で女子供を殺したくらいで、こんな目に遭うなんて間違えている」」
外道達の返答は、情け無用と判断するに十分なものだった。
「お前達のような鬼とは、手を切って正解だった。あばよ、二度と会いたくないね」
「「ぎゃああ、なんてことおおお」」
チョウコウは、次々と沈む一〇隻の大型船に背を向けて、二度と振りかえることはなかった。
万寿は敬愛する上官の元へ駆け寄って、必死で手当てする。
「ああ、司令官、こんなに傷が……。でも、やっと倒せましたね。」
「いいや、バンジュちゃん。ゼンビンを見たろ、炎すら寄せ付けていなかったんだ。奴はきっと生きている」
チョウコウは、恐怖で背中の翼を震わせる万寿を慈しむように、彼女の肩を抱いた。
「バンジュちゃん。俺達はなすべきことをやり遂げた。あとはカムロさんと、イタルが味方しているという地球日本の勇者、出雲桃太がやってくれるさ」
「た、たいちょう。ちかいです。わたし、勘違いしちゃいます」
「勘違い？ ああ、そっか、終わりじゃなかったな。コウエンの爺さんとアカツキさんにも頑張ってもらわないと……」
チョウコウはそこまで告げた後、張り詰めた糸がきれたように意識を失って、ゆっくりと桟橋に倒れた。
ゼンビンが先ほど振るった刃は、チョウコウの得物たるトンファーを両断したばかりか、彼の胸元まで届いていたのだ。
「チョウコウさん！ 死なないで！」
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
ブックマークや励ましのコメント、お星様、いいねボタンなど、お気軽にいただけると幸いです(⌒▽⌒)
