第728話 湿気ったハートに火をつけて
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『船を失った〝完全正義帝国〟は、今後、陸路を使わざるを得なくなるでしょう。コウナン地方の山道は、兄貴が輸送隊を率いて駆け巡った庭のようなものだ。クマ国で手柄を立ててください。アマビエ族のお方……チョウコウ兄貴に必ずそうお伝えください』
『そ、そうか。重要そうだし、できるだけ早く上に伝えるよ』
西暦二〇X二年一〇月一日の昼。
異世界クマ国の代表である牛頭の仮面をかぶった幽霊カムロが見せた、彼の養女、建速紗雨と、地球日本の勇者、出雲桃太の一行が活躍する記録映像の再生は、貝殻が生み出す蜃気楼の停止と共に終わった。
「さすがは紗雨姫です。それに参謀役を担っていたイタルという娘、いえ、男の子は、わしが亡命してから生まれたのでしょうが、芙蓉の一族らしく血気盛んですな、ハハ」
桃太の戦いを〝遠隔通神〟で見たクマ白髪の老将軍、芙蓉コウエンは、主君の愛娘と、自らの親戚が活躍する映像を見て心を揺り動かされたのか、背を震わせていた。
「部下の葉桜千隼から聞いていましたが、出雲桃太様、最初にクマ国へ来られた時とは見違えるほどに強くなられましたね。それにイタル君も、あの歳であれだけの作戦を考えだすとは末恐ろしい才能だ」
黒い翼を持つ若き特務隊長、甲賀アカツキも、部下が入れ込むのも無理はないと納得する。
ついでに、『あの真面目だけが取り柄のすっとんきょう娘が、紗雨姫と恋のレースを走るのか?』と頭を抱えたくなったが、心配しても無駄だと匙を投げた。
「イタル。お前、俺が巻き込まれるって読んでいたのかよ。というか、こんなメッセージを託すあたり、巻き込む気満々かよ」
一方、茶髪天然パーマの青年、左玄チョウコウは、頼りになる弟分が色々と手配してくれたのだと知り、複雑そうに目頭を抑える。
「わかってくれただろうか? このように、桃太君と彼の仲間達、冒険者パーティ〝W・A〟が挙げた戦果は凄まじい」
カムロは三者三様の反応に対し、蜃気楼を吐き出していた桃色の貝殻を大鏡から取り外しながら満足そうに微笑んだ。
「彼らはすでに二〇以上の村から民間人を、一〇を超える砦から窮地にあった軍人を救出し、セイリョウ、コウカという二つの要塞にこもる〝完全正義帝国〟の軍勢にも大きな打撃を与えたようだ。彼らの助力に報いるためにも、今こそ我々クマ国は一丸となって反撃に出るべきだ」
二つの記憶を映像を見た上でカムロの呼びかけを聞いて……。
「そうか、カムロ様は、既にこのような布石を打たれていたのか。ならば、応えねば忠義にもとりますな」
「あの出雲様と、その御学友がここまで成長されたのに、私も立ち止まってはいられない」
クマ国軍を指揮するコウエンとアカツキは、感じいるものがあったらしい。
「出雲桃太、イタルが信を寄せる地球日本の勇者ね。なんだか仲が良さそうで妬いてしまう。……いったい何を言っているんだ俺はっ!?」
チョウコウだけはあさっての方向を向いていたものの……。
カムロは、萎えていた三人の闘志に再び火が灯ったことに満足して、鷹揚に頷いた。
「そうだ。八岐大蛇の首から力を与えられた〝完全正義帝国〟は脅威だが、今まで見た映像のとおり、僕がいなくても決して勝てない相手じゃない。そして攻めるなら、地球日本の勇者である出雲桃太君と彼が率いる冒険者パーティ〝W・A〟が北を抑えこんでくれる今に他ならない」
カムロはコウエンとアカツキに対し改めて断言すると、新しい辞令と命令書を鏡の前に置いた。
「コウエン、アカツキ。悪いがお前たちにも命をかけてもらう。もう一度言うぞ。〝完全正義帝国〟を倒すため、新たに強襲揚陸部隊を設立し、僕の代理となる臨時司令官として左玄チョウコウを任命する。彼の指示に従い、この乱を鎮めろ」
あとがき
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