第727話 イタル、チョウコウに勝機を託す
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「「そりゃないだろーっ」」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、彼がかぶる仮面となった少女、建速紗雨の猛攻を阻むことは、もはや〝完全正義帝国〟の誰にも叶わず、指揮官達は迷わず逃亡を選択した。
「「逃げろ。こんなガラクタは捨てていけ」」
「「GAAA!?」」
〝完全正義帝国〟の指揮官達は、戦車キメラを川のなかへ捨てて、溺れ沈む屍体人形を囮に、比較的損傷の少ない船五隻へ乗り移り、コウカ要塞へ続く橋に向かって逃走する。
「お、追いかけないと。あたしだって人魚族のはしくれ、泳ぎは得意なんだよ」
視点の主である三本足の人魚、アマビエ族の女性兵士を含む、ベンスイ砦の守備隊もあわてて追いかけようとするが……。
「いけません。まだ追わないでください」
砦に残った、桃太と紗雨の仲間。
チームの実質的な参謀であろう、女物の服を来た黒髪褐色肌の少年、芙蓉イタルが守備隊員達の前に飛び出して阻んだ。
「お嬢ちゃん、なぜ邪魔をするのさ?」
「危険だからです」
イタルは、アマビエ族の女性兵士の手を引いて、首を横に振る。
「ベンスイ砦の皆さん、実はみずちさん……ぼく達の仲間が工作していて、あの橋はじきに落ちます。〝完全正義帝国〟に、船は一隻も残しはしません」
「「ど、どういうことよ?」」
記録映像の視点である、アマビエ族の女性兵士達が困惑していると、イタルが予告した通りに、橋が水を吹き出しながら崩壊。
「「ぎゃああああ。簡易橋だからっていいかげんな工事をするからあっ!」」
石と鉄を組み合わせて作られた橋脚はもちろん橋本体も落下して、ちょうど真下を航行中のジャンク戦五隻を巻き込んで沈めたではないか。
「「しぬ、しんじまうぞおおお」」
テロリスト達が乗るジャンク船は、対浸水性能にも優れた丈夫な船だったものの、激しい戦闘で船の各所が痛んでいたところへ、身の丈よりも大きな瓦礫をまともに浴びては轟沈は免れない。
テロリスト達は揃って重傷をおい、ぷかぷかと下流まで流されてきた。
「よし、捕まえろ!」
「手伝います」
「紗雨も頑張るサメエ」
記憶映像の視点の主は縄をかけながら、芙蓉イタルを名乗る子供に呼びかけた。
「世話になったね、お嬢ちゃん。なにか我々にできることはあるかい?」
「そうですね。〝完全正義帝国〟の兵站が目に見えて滞っている以上、きっと左玄チョウコウという人がクマ国軍にお邪魔しているはずなので、伝言をお願いできますか?」
「もちろんだとも」
イタルは、アマビエ族の女性兵士に対して真剣な面持ちで告げた。
「チョウコウ兄貴、今、ぼくたちは人を探してヒスイ河をさかのぼりながら、船を集中的に壊しています。それはもちろん、クマ国の民衆を追う、〝完全正義帝国〟の移動手段を潰すのが最大目的ですが……」
少年の瞳があやしく輝き、視点の主人であるアマビエ族の女性は思わず生唾を飲んだ。
「長老達はもちろん、リノーもゼンビンも〝屍体人形〟を作るために人を殺しすぎた。造船の技術者なんて、ほとんど残っていません。だから、コウナン地方ヒスイ河の制水圏は、遠からずクマ国の手中におさまるはずです」
イタルの冷静な分析は、彼が敬愛してやまない年上の友人へ向けたメッセージであり、クマ国に希望をもたらすものだった。
「船を失った〝完全正義帝国〟は、今後、陸路を使わざるを得なくなるでしょう。コウナン地方の山道は、兄貴が輸送隊を率いて駆け巡った庭のようなものだ。クマ国で手柄を立ててください。アマビエ族のお方……チョウコウ兄貴に必ずそうお伝えください」
あとがき
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