第70話 〝豹口鬼〟フラウロスの妄執
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鷹舟俊忠は、娘のように愛した凛音を救うため、自ら彼女を蝕む〝鬼の力〟の呪いを、全て引き受けて逝った。
「たかふね、返事をして? たかふね、鷹舟ええっ」
「落ち着け、凛音。ちくしょう、ホルスの目が暴走してやがる!?」
機械仕掛けの義腕が床に落ちた音を聞いて、三縞凛音は幼き頃から守ってくれた保護者の死を察したのか、五馬乂の腕の中で人目もはばからずに泣いた。
彼女の慟哭に引っ張られたのか、一度は壊れたはずの彼女の義眼と義耳、〝鬼神具・ホルスの目〟が再起動し、凛音の肉体を〝赤い霧〟と〝黒い雪〟で覆い始めた。
鷹舟から彼女を託された五馬乂はとっさに九字を切るも、鬼の力の侵食は止まらない。
「オイコラ、短剣。お前は、八岐大蛇を斬れるくらい、凄い剣なんだろう。どうにかしろ!」
万策尽きた金髪不良少年は、力を使い果たしたのか、黄金の光を失って赤茶けてしまった短剣に一縷の希望を託し、少女のガラス玉に似た義眼とアンテナめいた義耳に当てる。
すると錆びた短剣は一瞬だけ黄金の光を放ち、ホルスの目を強制的に停止させ、凛音の白い裸体を――小さな三毛猫の姿に変えて、眠らせた。
「相棒。こっちは解決したぞ」
◇
乂が仇敵と幼馴染を巡る因縁に決着を付けた頃――。
出雲桃太と、彼の被る仮面となった建速紗雨は白い鈴懸に結袈裟をつけた〝行者〟姿で、全長五メートルに達する豹頭の魔人、〝豹口鬼〟となった黒山犬斗と交戦中だった。
「ふざけるなよ、何が解決だ。冒険者の悪ガキめ、わしからまた奪うのか!」
鷹舟の遺言を聞いた黒山は、豹の大口を開け、牙をむきだしにしてわめいた。
「黒山、また奪うとはどういう事だ?」
「貴様のようなガキには、わかるまい。このクーデターは、わしが正当な地位を回復するものだったのだ」
「正当な地位、何を言っているのかわからないぞ?」
黒山は、桃太の鈍い反応になおさら腹を立てたらしい。
全身に呪文の墨を書入れられた〝豹口鬼〟の肉体をぶるぶると震わせ、獣のような長い手と足を振り回して、赤子のようにバタバタと暴れている。
「物知らずなガキに教えてやろう。一〇年前、弘農楊駿と、奴が率いた〝勇者党〟が政権を握った時、わしはこの国の王だった。ど素人の政党をいいように操って、気に食わん奴は追い出し、金も湯水のように使えたのだ。その正しい世界を、愚民どもが選挙で覆すから、こんなことになったのではないか!?」
桃太は、黒山のあまりに見当違いな恨み節に呆れた。
「子供だった俺でも、お前たちの……デタラメな政策のせいで牛や豚に病気が流行ったり、ダムや堤防の計画を無理やり中断したことで災害が起きて、父さんや母さんが苦しんだことを知っている。死んだ人だっているんだぞ?」
「愚民どもが何人死のうと知ったことか。わしのようなエリートに使いつぶされる為の道具に過ぎんのだ」
桃太は理解する。
眼前の男は、〝豹口鬼〟になる前から、とっくに鬼に堕ちていた。
「お前はエリートじゃない。鬼の力を弄ぶ最低の悪党で、ただのテロリストだ!」
「うるせええええっ。これが〝鬼の力〟、選ばれし者の力だ。お前も凛音のように我が道具となるがいい!」
黒山は激情の赴くままに、広間の岩盤を殴りつけた。
彼の肉体に刻まれた入墨が赤く輝き、地表に三角形の魔法陣が展開。
あたかも船幽霊の手の如く、桃太を取り込まんと、一〇〇を越える黒い手が伸びた。
あとがき
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