第705話 コウリョウ要塞遭遇戦、決着
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「〝山鶏魔女の鏡〟と式鬼、〝模壁鬼〟との合体技恐るべし」
異世界クマ国の代表、牛頭の仮面をかぶった足の見えない幽霊カムロは、壁に化けて自らを喰らわんとした式鬼、〝模壁鬼〟を内側から引き裂いて脱出。
「〝生太刀・草薙〟」
そして、元地球人のテロリスト団体、〝完全正義帝国〟の輸送隊長、左玄チョウコウがとっさに放ったトンファーを手刀で受け止め、局所的な衝撃波の嵐を生み出し砕いていた。
「こ、これが、オウモさん達の言っていた、〝生太刀・草薙〟かよ。これは、無理だ」
チョウコウは、敢えて武器破壊に留められたのだと理解して、天然パーマの茶髪から流れる汗をハンカチでふき、ラグビー選手のように恵まれた体格からガクリと力を抜いた。
「……まいったな。悪夢を見せてつくった隙に、アンタをぶん殴ってホバーベースで脱出する、乾坤一擲の作戦だったのになあ。降参だ降参。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
ここまで抗った負けず嫌いの青年もさすがに無理と実感したのだろう。
わずかに届かなかった脱出路を未練いっぱいに見つめるも、〝鬼神具・山鶏魔女の鏡〟を地面に置いて、両手をあげた。
「そいつは、重畳。悪いがこの輸送拠点と、あのホバーベースは接収させて貰うぞ。……葉桜万寿、今から言う場所に部隊を連れて来て欲しい。それと、腰に効く薬をまた頼む」
カムロが後方に待機させていた部下に連絡をとりつつ、瓦礫の上にどっかと腰を下ろすと、チョウコウも半壊した壁に背を預けた。
「〝山鶏魔女の鏡〟は、並の相手なら三日三晩はうなされる悪夢を見せたはずなんだ。なあ、クマ国代表、アンタに見たくない過去や怖いものはないのか」
カムロはチョウコウの質問に対し、そんなわけがないと内心でこぼす。
たとえば育ての娘、建速紗雨の両親が殺された日のことなどは、思い出すだけで体が震える。
(ひょっとしたらあの邪悪竜ファヴニールは、僕の心をトラウマから守るために出てきたのか。もっともあいつの顔もまた、見たくない候補の最上位なんだが)
カムロは、自身を救ってくれたかも知れない邪悪竜ファヴニールに対して、どこまでも塩反応だった。
「あるとも、半世紀前も苦しめられたんだが、最近は夢見が悪くてね。たった今も、幻覚で見て鳥肌が立っている」
とはいえ、ただでさえ筋肉痛で眠れない夜を過ごしているのに、毎度毎度、悪霊も真っ青なペースで夢枕に立たれては、愚痴の一つもこぼしたくなるだろう。
カムロがげっそりとした顔でぼやくと、チョウコウが目を光らせてくいついた。
「お、教えてくれ。カムロさん、アンタほどの男が怖がる夢とはどんなものだ?」
「ファヴニールって名札をつけた機械仕掛けの巨大な竜が、キレキレのオタ芸ダンスを見せつけてくるんだ」
カムロの熱弁を聞くや、チョウコウは期待した情報と違ったか、困ったように目を伏せた。
「それ、怖いか? むしろ愉快だろ」
「お前は見ていないから言えるんだ。あの邪悪竜め、こんなジジイを、アイドルと勘違いしているようなんだ。気持ち悪いったらない!」
「な、何がなんだかわからんが、そこまで嫌われるだなんて、ファヴニールって何をやったんだ?」
「お前のところの長老達と同じようなものだよ」
「それはまた、とんでもない悪党だな」
カムロはそうだろう、と拳を握りしめた。
一度は世界を滅ぼす手前までいったドラゴンだ。許せるはずもない。
「チョウコウ、お前はあの邪悪な竜と違い、そこまで悪事を働いていないようだから、部下ともども命を助けよう。もう一度たずねる、投降して僕たちの側につけ」