第703話 左玄チョウコウの秘策!?
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「実際にカムロさんと戦ってわかった。守っていたら負ける。だったらもう、攻めるしかないだろう。俺にはまだ勝機が残っている!」
異世界クマ国の代表、牛頭の仮面をかぶった幽霊カムロは、〝偽豪傑〟なる竜人に変身した青年、左玄チョウコウの啖呵に口角をあげた。
絶望的窮地でも、最後まで生きることを諦めない。
その姿勢は、彼の愛弟子、出雲桃太を思い起こさせるものだった。
「チョウコウの勇気に敬意を表するよ。で、勝機とはなんだい?」
「それは勿論。逃げ……ばらすわけないだろう!」
チョウコウは逃げ腰を隠さないものの、カムロは彼が言動とは裏腹に、自分を罠にはめようと誘導しているのではないかと疑っていた。
「うおおおおっ」
事実、チョウコウは得意のタックルやステップを生かして、カムロと戦いながらどんどん要塞の奥へ移動していたからだ。
だが、代償も大きい。
「どうしたチョウコウ。自己催眠が解けかかっているのか、鎧が薄くなっているようだぞ?」
「くそ、もう変身限界時間が近いのか。見つけたっ。クソ長老どもが、大き過ぎて目立つから持ち出せなかったと言っていた、ホバーベースだ!」
二人が、オルガンパイプめいた排気口がついた大型バスめいた車両の鎮座する車庫へ転がり込んだ時……。
カムロの前でチョウコウが身につけたスーツの鱗がボロボロと崩れおちた。
〝偽豪傑〟を象徴するドラゴンの鬼面は、まだ茶髪天然パーマの青年の顔に張り付いているが……。
彼に残された装備は、いまやトンファーがついた籠手だけ。ガイコツめいた軍服もブーツもあちこちが裂けて、もはや戦闘続行もままなるまい。
「残念だよ、チョウコウ。本当に、ホバーベースで逃げ出すことが作戦だったのか。策は、これで終わりかい?」
「いいや、カムロのジイサン。さっきの砂袋と同じで、俺の目的は、アンタをこの区画へ誘い込むことさ。式鬼、〝模壁鬼〟、アイツを死へ誘う夢に落とせ!」
チョウコウが合図するや否や、輸送要塞の奥深く留まっていたホバーベース、車庫の壁に化けていた式鬼が大口をあけてカムロに襲いかかった。
「ふむ、面白い。このやり方はさしずめ〝調虎離山の計〟といったところか。む、こ、腰がつ」
普段のカムロであれば、たとえ奇襲であっても、返り討ちにしたことだろう。
しかし、ここにきて最大級の筋肉痛がビリビリと電撃のようにほとばしり、よりにもよって体のど真ん中を直撃したからたまらない。
カムロは壁の鬼に捕まって、抗うこともままならずに、大口に頭から飲み込まれた。
「クマ国の総大将、カムロ。この式鬼、〝模壁鬼〟は、本来なら標的に良い夢を見させて、その間に肉体を喰らうんだ。でも正直なところ、アンタみたいな規格外が、夢に溺れるとは思えない」
チョウコウは、策がなったことでほっとしたのか、全身から滝のような汗を流した。
砂のような粒子となって崩れおちる鬼面を外し、張り詰めた素顔を晒しながら、深呼吸をする。
「だから、俺の切り札との合わせ技でいく。〝偽豪傑〟への変身が解けても、〝山鶏魔女の鏡〟の心理操作能力を使えば、他人の心を壊す悪夢だって作れるんだ」
チョウコウは肩で息をしながら、手鏡を〝模壁鬼〟へ向ける。
「大蛇殺しの武神。クマ国を統べる覇王よ、アンタはいったいどんな闇を抱えている?」
そうしてチョウコウは式鬼・模壁鬼の口から、鏡に反射させた光を送り込んだ。
「へえ、チョウコウの〝鬼神具・山鶏魔女の鏡〟には、こんな使い方もあったのか。やはり実戦に勝る学習なし。僕もまだまだ精進しないと」