第702話 スサノオの影武者 対 偽豪傑
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「桃太君の場合、見るんじゃなくて、耳で風音を聞いたり、鼻で草の匂いをかいで攻撃の軌跡を判断しているようだから、僕とは少しやり方がが違うかもね」
「師匠が師匠なら、弟子も弟子だ。聴覚や嗅覚で攻撃を先読みするとかおかしいだろっ」
異世界クマ国の代表、牛頭の仮面をかぶった足の見えない幽霊カムロの弟子自慢を聞いて、不運にも彼に目をつけられたテロリスト団体〝完全正義帝国〟の輸送隊長、左玄チョウコウは、〝偽豪傑〟と呼ぶ鱗めいた装甲スーツをまとった肩をすくめる。
「それにしても、ジイさんの弟子って、出雲桃太かよ。オウモさんが目をかけていたという〝大蛇殺し〟……。開戦直後に、参謀長のリノーをボコったという噂は本当だったのか?」
カムロはチョウコウから桃太の活躍を聞いて朗らかに微笑み、次の瞬間に複雑そうに口角を歪めた。
「桃太君も活躍しているようで何よりだ。彼には冒険に集中して欲しかった。本当は戦場なんて関わらせたくなかったんだけどな」
カムロはぼやきつつも、裏拳から肘打ちにつなげ、アッパーで追撃と、チョウコウに向かって舞うように拳と足を繰り出す。
茶髪天然パーマの青年は防御の合間に、息継ぎでもするかのように必死で反撃を放つも、白髪の老人にとっては赤子の手をひねるように、容易く跳ね除けられる弱々しいものだった。
「ヤバいヤバい。なんなんだこのジイサン!」
追い詰められたチョウコウは、足に風をまとわせてジグザグ移動を繰り返し、小円、大円を描きながら、カムロへトンファーを叩きつけて押し返そうとするものの……。
「おい、チョウコウ。鬼面で隠しているつもりのようだが、呼吸が乱れ、まばたきが多くなっているのがわかるぞ。緊張しているのかも知れないが、それは悪手だ」
カムロは、わずかな攻撃の継ぎ目を狙って割り込み、牛頭の仮面をかぶった頭を、竜の仮面をかぶったチョウコウの頭にぶつけてのけぞらせる。
「うわああ。もうやだこのジイサン!」
チョウコウも負けじとラグビー選手のような恵まれた体格を生かしてタックルをくりだし、両手のトンファーを重ね、風をまとわせて叩きつけたものの……。カムロはひらりとかわして、再び懐へ潜り込む。
「チョウコウ。まだまだあげてゆくぞっ」
カムロは続けて左右のパンチを放つが、この時腕が伸び切る前に、ズキリと熱湯を浴びたような筋肉痛を発した。
(くっ。思った以上に消耗が激しい。攻めているのに主導権を奪われている気がする。まさか、攻撃を無駄撃ちさせられているのか)
カムロのワンツーパンチの速度は普段と比較すれば大幅に弱まり、チョウコウがくるくると回すトンファーに受け止められてしまう。
「ひいいいっ」
しかし、チョウコウは近接格闘で反撃することなく、苦し紛れのタックルで移動を再開する。
(チョウコウめ、やたら移動が多い。さっき仲間を逃がすために砂塵の罠へ導いたように、また僕をどこかへ連れて行こうとしているのか?)
その不自然な行動が、カムロに気付きを与えた。
「やはり幽霊の身体は面倒だ。格闘戦で足が使えないのは、選択肢が狭まってしまう。そういえば、その手の武器は防御だけじゃなくて、カウンターに向いているんじゃなかったっけ? チョウコウ、なぜそう焦って移動と攻撃を繰り返すんだ」
カムロが真意を見抜こうと問いかけると、チョウコウは震える声で答えた。
「カムロさんが〝生太刀・草薙〟って広範囲攻撃を持ってるのは、アンタと喧嘩別れしたオウモさんから教えられているんだよ。あの陰険ジジイが必殺技を使う前に逃げろって、耳にタコができるくらい、散々言われているんだ」
「陰険だと? オウモのやつ、人をなんだと思っているんだっ」
カムロは憤慨するが、チョウコウの叫びは、偽りなく本心からのものだったろう。
「実際にカムロさんと戦ってわかった。守っていたら負ける。だったらもう、攻めるしかないだろう。俺にはまだ勝機が残っている!」
あとがき
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