第698話 輸送隊長チョウコウの知略
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「ああ、目隠し。このために僕を挑発して、戦いながら誘い込んだのか。なかなかの策士じゃないか!」
異世界クマ国の代表、牛頭を模した仮面をかぶる足の見えない幽霊カムロは、意に反して交戦状態となった茶髪天然パーマの青年、左玄チョウコウが作り上げた、視界を閉ざすカーテンのごとき砂嵐の中で、パチパチと手を叩いた。
「砂粒は仮面で防げるが、こうも濃くては何も見えないな。こういう手作りの道具を生かした戦闘は、オウモの十八番だった。無事、後進にも受け継がれたようで安心だ」
「ああ、そうさ。〝算多きは勝ち、算少なきは勝たず〟……。あれ、〝謀多きは勝ち、少なきは負ける〟だったか? オウモさんからみっちり教えこまれたよ」
「……前者の出典は、地球古代から伝わる兵書『孫子』で、後者は毛利元就が我が子に伝えたアドバイスだな。オウモのオリジナルじゃないから気をつけろよ」
カムロは元片腕のドヤ顔を想像してムカついたのでネタバラシをしたが、チョウコウには会話を楽しむ余裕はないようだ。
「うるさい。ともかく俺たちが〝前進同盟〟の一員だった頃は、オウモさんの指導を受けて、異界迷宮カクリヨの中、冒険者崩れの山賊どもを蹴散らしながら輸送してきたんだ。野郎ども、ありったけの矢を放てっ。クマ国の武神カムロ、いくらあんたでも見えない矢は怖いだろう。足止めさせてもらう!」
チョウコウは自信満々だったが、彼の余裕はカムロの次の一言で霧散する。
「だが、チョウコウ。お前にはひとつ誤算がある。僕は昔からからオウモ達と共に、この手の罠にかける訓練と、罠を破る訓練を重ねている。こうも的確に僕の方へ向かってくるあたり、おおかた体温を感知して狙いを定めているんだろうが……。そういった鬼術が生み出す力の流れを読めば、視覚に頼らずとも戦えるのさ」
カムロは、チョウコウが作り上げた殺し間の中、四方八方から撃ち込まれる矢を素手で叩き落としながら、まるで周囲が見えているかのように歩みを再開する。
それは、くしくも彼の養女、建速紗雨が好むB級パニック映画の展開に似ていただろう。
「「おいおい、チョウコウ。あのジイサンってば、闇市で見たサメ映画のヴィラン並みにデタラメでおっかないぞ」」
「……ちくしょう。自分の手を汚そうとしないトブカス長老どもよりはマトモだが、オウモさんといい、この総大将といい、アタマが率先して突撃するクマ国上層部もたいがいおかしいんじゃないの?」
犯罪結社〝完全正義帝国〟の輸送隊指揮官である、ラガーマンのごとき恵まれた体格の青年、左玄チョウコウは、牛頭を模した仮面をかぶった幽霊カムロが少しずつ間合いを詰めてくる光景に冷や汗がとまらない。
「そうでもないさ」
カムロはクールに告げたが……。
実のところ、彼もまた連戦がたたって、腰を中心に全身筋肉痛という弱みをかかえている。チョウコウ達にバレなかったのは、砂塵と仮面で顔が見えないからに他ならない。
「まだまだ、こんなものじゃないっ。野郎どもっ、網をうて!」
そんな事情を知る由もない、若き輸送隊指揮官は、老いたるクマ国総大将の視界を砂でふさぐにとどまらず、次の罠を仕掛けていた。
恵まれた体格をいかし、部下達と共に大量のおもりをぬいつけた釣り網を四方八方から投げつけてカムロの上半身を拘束。
さらに鬼術で足元から緑色のツタをはやし、足の見えない彼の下半身をぐるぐるまきにする。
「おおっと。物理手段と鬼術を併用するのか。こいつは困った、動けないじゃあないか。次はさしずめ一斉攻撃かな?」
カムロの軽妙な問いかけに対して、チョウコウは仲間達を振り返るや一喝し、大きく手を後ろに振った。
「そんなわけあるか、武神カムロ! さっきも言ったが、アンタみたいなバケモノと真っ向勝負だなんて冗談じゃない。野郎ども、ここは俺に任せて先へ行けえ」
「アハハっ。そうか。そうするのかっ」
あとがき
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