第695話 要塞に潜む影の真意?
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「よし、予想通りだ。クソジジイども、なにもかも捨てて逃げ出しやがった」
「捨てられた物資をどうしようと勝手だものな。ようやくガキどもにメシをたらふく食べされてやれる」
「傷薬や毛布もあるぜ。喜ぶ顔が目に浮かぶ」
羊毛の帽子を目深にかぶり、白く角ばった軍服を着た〝完全正義帝国〟の一員らしき兵士たちおよそ三〇人が、忍び歩きで荷物を搬出し、消音の結界がはられた馬車へ運び込んでいた。
(あのコソコソとした振る舞い、正規の命令ではなく、火事場泥棒か。格好だけならモラルのない雑兵のようだが、会話の中身が気にかかる)
異世界クマ国の代表にして、牛頭を模した仮面をかぶる幽霊カムロは、見えない足でふわふわと音もなく倉庫の壁を駆け上がり、屋根に登ってチンピラ風の兵士たちの死角から覗き込む。
(遠目ではあいまいだったが……、こいつら、やぶけた軍服に異界迷宮カクリヨを徘徊する魔獣の骨を縫い付けて強化しているな。
ボロいズボンの上には皮をなめした膝当てをつけ、ブーツは金属板入りか。
〝鬼の力〟で肉体が強化される昨今では珍しい、古典的な装備の改善。いや、どこでも修繕できるよう、継戦能力と生存性の向上を意識したコンセプトなのか)
カムロは、筋肉痛でしくしくと痛む腰に、無意識のうちに手をあてつつ思案する。
たとえば地球からきた出雲桃太ら、焔学園二年一組の生徒達が着ているジャージや、クマ国で荒事に対処する五馬乂や葉桜千隼といった特殊部隊のメンバーが身にまとう法衣には呪符が編み込んであり、並の鎧に勝る防御力がある。
かつて彼の右腕であった〝前進同盟〟のオウモが考案し、地球に持ち込んだ呉陸喜、呉陸羽の着る蒸気鎧に至っては、特殊金属装甲で守られているだけあって、戦車にも勝る防御力を発揮できるだろう。
(しかし、これらの特注品も壊れればそれまでだ)
カムロがウメダの里の顔役、田楽おでんから聞き出したところ、呉陸羽はエキシビジョンマッチで彼女に蒸気鎧を破壊されてしまい、留守番を余儀なくされたそうだ。
このように戦場では、必ずしも代わりの装備が手に入るとは限らない。
唯一の名刀や名鎧の使い手よりも、刃の欠けた数打ちの刀、穴の空いた廉価品の鎧、これらを修繕して十全に戦える者の方が、戦場では生き残る確率は高いだろう。
(〝鬼の力〟が強いのは、隊長らしい茶髪天然パーマの青年か。胸元から下げた銀色の手鏡がおそらく〝鬼神具〟だ。……だというのに、まったく隙がない。いったいどんな奴なのだろう?)
カムロは半世紀以上、異界迷宮カクリヨと戦ったことで〝鬼の力〟の悪影響を、誰よりも深く知っていた。
いわゆる憎悪や嫉妬、憤怒に悲壮といった激しい負の感情を抱く者ほど、たやすく強大な力を得ることができる。
反面、あぶく銭のような力に魅了されるあまり、多くの者が慢心するのだ。
力を得ることと、使いこなせることは同じ意味では……ない。
「おい、そこのニイちゃん達。僕はクマ国代表のカムロだ。所属と名前を聞いてもいいか?」
しょうがないので、直接声をかけてみたところ、兵士たちの反応は劇的だった。
「カ、カムロ。クマ国の総大将、大蛇殺しの武神か!?」
「クソ長老達を追いかけているんじゃなかったの!?」
「ま、まさか薬と食料を奪いに来たのか?」
「血も涙もない!」
あとがき
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