第6話 黒幕達の登場
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西暦二〇X一年、一一月七日未明。
勇者パーティ〝C・H・O (サイバー・ヒーロー・オーガニゼーション)〟のクーデターに巻き込まれた出雲桃太は、額の十文字傷から血を流しながら、異界迷宮を見渡した。
襲われているのは、彼だけではなかったらしい。老若男女の痛ましい悲鳴がそこかしこで上がっている。
「イハハハハッ! 俺サマが事件の主犯ねえ、そうだと言ったら?」
副代表の〝鷹舟俊忠〟は、右手で掴んだ刀を腰の鞘に戻し、ざんばらの灰色髪から覗く瞳を赤く輝かせながら、血色の悪い唇の端を吊り上げて笑った。
「警察に通報するに決まっているだろ!」
「だったら、小僧よ。官憲にはこう伝えるんだな。我々勇者パーティ〝C・H・O〟は、お前達の生命と魂を生贄に捧げ――異界兵器〝千曳の岩〟を起動し、日本政府と愚民どもを打倒する!」
桃太は、鷹舟副代表もまた、親友の呉陸喜と同様に、〝鬼の力〟に呑まれたのだと受け止めた。
「俺たちが生贄だって!? 〝千曳の岩〟なんて兵器、聞いたこともないぞ。副代表っ。今のアンタ達はイカレている!」
「チッ、所詮はモノを知らぬ小僧か。せっかく情報をくれてやって、時間稼ぎにも付き合ったのに、判断がヌルいわ!」
桃太は倒れた陸喜を右腕で抱きかかえ、ともかくこの場を去ろうとしたが、当然のように鷹舟の追撃を受けた。
渋茶色の着物袖から、ギリギリと歯車の廻る音が響き、鋼に覆われた鉛色の腕が二本あらわになる。
(両腕を機械化している? 精密機械や現代兵器は、異界迷宮では役に立たないんじゃないのか?)
桃太は陸喜を守って、左手で受け流そうとするも、鋼鉄の五指で腕を深々と引き裂かれた。
出血を伴う裂傷に目の前が暗くなり、抱えた友の体が岩床に落ちる。
(すまない、リッキー。あとで必ず迎えに来るから!)
桃太は深刻な貧血状態にあり、自分より背の高い親友を片手で抱えて逃亡するのは、さすがに不可能だと判断した。
「イハハハハ、どうした小僧。逃げ腰じゃあ、死んじまうぞ!」
鷹舟がゲラゲラと笑いながら、両の義手で殴りつけてくる。
桃太は素手では交戦もままならないため、先ほど襲ってきた不良生徒、伏胤が落とした長剣を拾い、左右の乱撃を辛くも受け止めた。
「よし、どうにかっ」
「雌狐、矢上遥花の訓練を、よく学んでるじゃないか。だが実戦経験ゼロじゃあ、俺サマの相手にゃならんよ!」
しかし、桃太は鷹舟の繰り出した右足蹴りの直撃を受けて、三つのテントを巻き込みながら吹き飛ばされた。
「がはっ、ごはっ。ら、ラッキー、距離が開いた」
額に十字傷を刻まれた少年は、口内の血と、赤い霧のような鬼の力を吐き出しながら、長剣を杖代わりに立ち上がり、異界迷宮の出入り口となる空間の裂け目に向かって走った。
「面白い子がいるのね。ワタシのところまで送ってくれるなんて、鷹舟も気が利くわ」
しかしそんな桃太の前に、包帯で両方の瞳と耳を何重にも巻いた和服姿の少女が立ちはだかる。
「〝三縞凛音〟代表っ……」
桃太は彼女の姿を知っていた。なぜなら、入学前に何度も読んだパンフレットの一面に、写真が飾られていたからだ。
「〝鬼勇者〟の貴女まで、こんな馬鹿騒ぎに参加しているのか?」
「ええ、そうよ。死に逝く貴方達には悪いけど、この天下をひっくり返す為には避けられないことなの」
「馬鹿な、ことをっ」
桃太は絶望の呻きをあげて、凛音の横を駆け抜けようと大きく地を蹴った。
「逃げの一手だなんて、つまらないわね。もう少し遊びましょう?」
凛音が、スルスルと顔に巻いた包帯を解く。
勇者パーティ〝C・H・O〟の代表は、両耳をアンテナめいた機械に作り替え、瞳もまたロボットめいたカメラの複眼に差し替えられていた。
「それとも……。こんな汚れた、壊された女はお嫌いかしら?」
「何を言って、アチ、アチチチっ」
凛音の義眼から赤い光線が放たれ、桃太の持つ長剣に直撃する。
思わず手からこぼれ落ちると、熱した飴のようにぐにゃりと崩れて折れた。
(義眼から熱線を発射した? 八大勇者パーティのひとつ〝C・H・O〟の正式名称は、サイバー・ヒーロー・オーガニゼーション。ひょっとして首脳陣は肉体の一部を機械化しているのか?)
あとがき
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