第659話 てんやわんやの進水
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「さ、紗雨ちゃんは戦闘艦トツカの動かし方って知ってる?」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、クマ国代表カムロの養女である、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨に呼びかけたものの……。
「わ、わかんないサメエ」
紗雨は、ブリッジ前方にある操舵輪の側で息を殺すように小さくなっていた。
とはいえ、船乗りや海軍兵でもなければ、戦艦の操縦法なんて知らないだろうし、ウメダの里の顔役である付喪神、田楽おでんによって維持されていたといえ、一千年前のオーパーツである。
いくらクマ国生まれといえ、彼女に動かし方を求めるのは酷だろう。
「出雲、矢上先生ならどうだ?」
「「なるほど、矢上先生ならなんとかできるかも!」」
モヒカンが雄々しい大柄な少年、林魚旋斧を筆頭に焔学園二年一組の面々が期待をこめて名を呼ぶものの、いくらなんでも無茶振りである。
「皆さん、呼びましたか? 今、〝鬼神具・夜叉の羽衣〟を伸ばしてこの船を調査中ですが、地球の船舶とは設計思想からしてまるで違うようです」
船のブリッジに集まった、生徒達の声を聞きつけたのだろう。
担任教師の矢上遥花が、栗色の髪を結ぶ赤いリボンを艦内の四方八方に伸ばしながら入ってきたが、彼女の声はいかにも心細い。
「「これは、どうしたものか」」
桃太達、冒険者パーティ〝W・A〟のメンバーが抱いていた根拠のない希望はあっさりと萎んでしまい、現実が見えてくる。
「たとえ空陸海を移動する船に乗っていても、動かし方がまったくわからないんじゃ、宝の持ち腐れだ」
そりゃそうである。
桃太は遊戯用地下迷宮〝U・S・J〟地下三〇階踏破の賞品として貰ったものの、詳しい説明などまるで受けていない。
そもそも昨日の時点では、今日いきなり実戦参加になるとは、誰一人として想像していなかっただろう。
「出雲様。必要ならば、ヤタガラス隊から人員を派遣しましょうか?」
事情を把握したのだろう。
桃太達のお目付け役兼折衝役である、クマ国防諜部隊に所属する鴉天狗、葉桜千隼までが、背中から生えた黒い翼をはためかせながらブリッジへ飛び込んできた。
「いいえ、船の運航なら心配ないわ」
が、彼女の後から入ってきた、水色の髪に水兵帽をかぶった付喪神の少女、佐倉みずちが手を叩いて注目を集める。
「お待たせ。たった今、錨をあげてきたの」
みずちがそう告げるや否や、ブリッジ前方に波のようなエフェクトが出現し、船が滑るように進み始めた。
「う、動き出したぞ」
「か、勝手に進んで大丈夫サメ? よそ見運転は事故の元サメエ!」
「「〝鬼の力〟には暴走の危険もある。このサイズで交通事故とかしゃれにならない」」
桃太と紗雨をはじめ、冒険者パーティ〝W・A〟一同はどよめくものの……。
「問題ないわ。戦闘艦トツカは〝鬼の力〟を特別製のエンジンで浄化して、その余剰エネルギーで動くから暴走の心配はないし……。地球の地下鉄などで動く無人列車に自動列車運転装置が積まれているように、戦闘艦トツカにも人工霊脳が積まれているの」
みずちは手を振って生徒達を制し、桃太が握りしめたままの二〇センチ近い、大きな鍵を受け取ってかざした。
「みずち様、いかがいたしましたか?」
すると、戦艦のブリッジに鈴の鳴るような声が響いたではないか?
「皆に紹介するわ。彼女はオオバカリ。戦闘艦トツカの航行、戦闘、防御を統括する付喪神よ。頼めば、たいていのことはやってくれるわよ」
「「ええーっ」」
あとがき
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