第656話 まさかの移動手段
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「わかりました。出雲様、私はカムロ様から御身と姫様が地球に帰るまで補佐するよう命じられています。各里との調整役も必要でしょう。ご一緒します」
前髪の長い中性的な鴉天狗、葉桜千隼は、尊敬するクマ国代表カムロの期待を裏切る形になり、背の黒い翼を力無くしぼませたものの……。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太の説得を、自らが果たすべき使命と共存させる形で受け入れた。
「ありがとう。千隼さん」
「出雲様だから、ですよ」
桃太が喜びのあまり、千隼の手を取ってぶんぶんと振りながら握手をすると、彼女は目を泳がせながら、頬をリンゴのように赤らめた。
「サ、サメ、なんか押してはいけないスイッチを押しちゃった気がするサメ……」
サメの着ぐるみをかぶる銀髪碧眼の少女、建速紗雨は、新たなライバルの出現を感じ取って顔を青くする。
((出雲だし、乱戦の方が勝てる可能性あるし))
しかしながら、焔学園二年一組の生徒をはじめ、宿の広間には紗雨のライバルが多くいるため、さらっと見て見ぬふりをされた。
「サメーっ!?」
紗雨のこんなはずじゃなかったという叫びがこだまするものの、もはや日常風景だろう。
「桃太君、紗雨ちゃん。わしも冒険者パーティ〝W・A〟の安全を守り、便宜をはかるために、わしの悪友、佐倉みずちを案内役として同行させる。
そして千隼ちゃん。桃太君達には、クマ国政府とテロリスト団体〝完全正義帝国〟との戦争には極力関わらず、避難民の保護するようお願いする。今すぐ書類にしたためるゆえに、これでいいかの?」
「「もちろんです(サメー)」」
異世界クマ国ウメダの里の顔役、田楽おでんがその場で契約書を書き上げるや、桃太や紗雨は再び一も二もなく賛成して署名したが、千隼は言外の意味に気づいて頭をかかえた。
「……おでんお姉様。その契約書が真に意味するところは、〝クマ国政府が見ていないところなら、わしの名前で好きにしろ〟という、事実上の白紙委任ですよね」
「おや、バレたか。千隼ちゃん、成長したのう」
千隼は、おでんが生暖かい目で見ていることに気づき、やってられないと肩を落とした。
「出雲様。およそ五〇人もの移動です。すぐに馬車を用意しましょう。〝完全正義帝国〟と誤認されないよう、なにか目印でもつけないと……」
千隼がぼやきつつも、居心地の悪い旅館の広間から外へ飛び出そうとしたところ、おでんに止められた。
︎ 「千隼ちゃん。馬車ではなく、もっといいものがある。これ以上ないほど目立つ上に、元地球出身者の軍と誤認される可能性がなく、移動速度にも自信のある、とっておきの乗り物じゃ」
「さすがは、おでんお姉様。そのような発明をされていたのですね!」
おでんの提案に、千隼は食い気味に身を乗り出すものの、乗り物の真相は彼女の想定を超えるものだった。
「わしじゃなくて、アテルイの奴が造った船じゃがな。戦闘艦トツカを使う」
「火龍アテルイ様が創られた船? ですか?」
千隼が事態についていけずに、目を丸くする中、おでんは桃太がベルトに差したカギを指差した。
「桃太君、昨日渡したカギは通信……通〝神〟機能がついておる。みずちのいる水中デッキに繋がっているから、呼びかけて欲しい」
あとがき
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