第653話 白熱する論争
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「千隼さん。俺たちは、相棒、五馬乂と彼が逃した避難民を救いたい。だから、ウメダの里を治めるおでんお姉さんから、冒険者パーティ〝W・A〟の異世界クマ国における活動許可を得ようと思う」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、相棒の五馬乂と、彼が救い出した民間人を〝完全正義帝国〟の虐殺から救い出すために必要な、決定的な一手を口にした。
田楽おでんは、異世界クマ国創世から二〇〇〇年を生きる〝神槍ガングニール〟の付喪神であり、ウメダの里を中心とした経済圏を握る顔役だ。
つまるところ、桃太の師匠であり、異クマ国の代表でもあるカムロと互角の武勇を誇り、彼と対等に話し合える数少ない友人と言えよう。
だから桃太を地球に帰したい、前髪の長い中性的な鴉天狗、葉桜千隼は、おでんの名前を出されておおいに焦った。
「おでんお姉さままで、巻き込むおつもりですか? 出雲様も紗雨姫も、おやめください。冒険者パーティ〝W・A〟には力がある。異界迷宮カクリヨをすべる八体の魔王、八岐大蛇の首をも討ち倒すほどの力が……。だからこそ一挙一動が注目されて、地球側といらぬ揉め事を起こすかも知れません。カムロ様は、クマ国のことはクマ国で決着をつける事を望んでおられます」
千隼は千隼で、好意をもつ桃太や紗雨の安全を確保するためにも、なんとしても地球に帰還してもらいたかったし、彼らが政治問題に巻き込まれることを危惧していた。
「千隼さん。もしも今回の騒乱が本当にクマ国の内乱なら、きっと俺たちのでる幕はないのだろう。だが、クマ国ヒスイ河で虐殺を引き起こしたテロ団体〝完全正義帝国〟の構成員は元地球人だ。だから、かつて彼らがいた世界に住む者として、悪漢達の蛮行を止めたいと思っている」
「サメエ。桃太おにーさん達が、ヨシノの里を占領しようとした七罪業夢と、テロリスト団体〝K・A・N〟を捕まえた時と同じなんだサメエ」
されど、桃太達にも介入するための大義名分はあったし、わずか一カ月前に、彼を後押しする事件が起きていた。
「俺たち冒険者パーティ〝W・A〟……、いや、焔学園二年一組は、隣の世界に住む友人として、千隼さん達の力になりたい」
「桃太おにーさんの言う通りサメエ。カムロのジイチャンだって、〝一人で先走るとろくなことにならないから、仲間に相談して協力しろ〟って、紗雨……じゃない、乂に口を酸っぱくして言っているサメエ」
桃太と紗雨が諭すや、千隼はショックのあまり、頭が真っ白になったように棒立ちとなった。
「そ、そうだ。大人の方ならば、クマ国への介入が危険なのだとご承知のはず……」
それでもなんとか説得を続けようとして、ふと違和感に気づいた。
喧嘩寸前まで議論が白熱しているのに、普段ならいかにも仲介に入ってきそうな年長者二人の姿が見えない。
「さっきまで広間にいらっしゃった担任教諭の矢上遥花様も、相談役の呉栄彦様もいない。出雲様、まさか広間に入る以前に根回しを!?」
千隼が己のミスを把握したときには、なにもかもが遅かった。
桃太がぐっと親指を立て、紗雨が着ぐるみの尻尾をフリフリ振る中……。
まさにその二人が、ウメダの里の統治者である鴉の濡れ羽がごとき黒髪が美しい、赤いサマードレスを着た麗女、田楽おでんを連れて、広間に入ってきたからだ。
「桃太君、話は聞かせてもらったぞ。クマ国内の活動許可が必要ならば、お姉ちゃんに任せるといい!」
あとがき
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