第652話 桃太の望み、千隼の制止
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「ご厚意は嬉しいのですが、お客様方を我ら、クマ国の内戦に巻き込むのは本意ではありません。どうか地球日本へお戻りください」
異世界クマ国の防諜部隊ヤタガラスの小隊長、葉桜千隼が長い前髪を振り乱してに制止したのに対し……。
冒険者パーティ〝W・A〟を束ねる少年、出雲桃太は、彼にとって喪失の象徴である額の十字傷に触れて反論した。
「ダメだ、千隼さん。俺は元勇者パーティ〝C・H・O〟が蜂起した時、止められずに多くのものを失った。
過ちは繰り返さない。相棒の乂と再会するまで、そして〝完全正義帝国〟の事件に区切りがつくまでは、戻るわけにはいかない。
わかって欲しい。俺はただ大切な友人を取り戻したいだけ、千隼さん達クマ国の力になりたいだけなんだ」
「お気持ちはわかります。ですが、ワガママを言わないでください。出雲様は立派に親善任務を果たされました。五馬乂様を取り戻すのも、内乱に巻き込まれた避難民を救出するのも、我々クマ国人の役目です。ここは、貴方達の国ではありません」
「千隼さんっ」
桃太は千隼の制止に対し熱くなり、反射的に言葉を重ねようとしたものの……。
「ぐええっ。足が足があっ」
「か、賈南ちゃん、どうしたんだサメエ? 正座して足が痺れたサメエ?」
視界の隅で、昆布のように艶のない黒髪の少女が転倒し、隣に立つサメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨が手当に向かうのを見て、押し止まった。
紗雨が何事もなかったように戻ってきたあたり、おそらくは小芝居だが、おかげで冷静になれた。
桃太は固唾を飲んで見守る仲間達に向けて、任せろと微笑む。
(賈南さん、紗雨ちゃん、助かった)
千隼の言い分もまた正論だ。
異国の地で、なんの後ろ盾もなく勝手ができるわけがなく、またするべきでもないことを桃太も知っていた。
「千隼さん。そのことなんだが、俺は師匠……、カムロさんから〝クマ国の行政は、基本的に里の自治が優先される〟と聞いたことがある」
桃太が里の自治を持ち出したことに対し、千隼は切れ長の目を見開いて驚いたものの、異なる世界では打つ手もないだろうと首を縦に振った。
「はい。桃太様の仰る通り、クマ国は住民の総意で選ばれた実力者が治める里の連合国家です。ですが、総代表であるカムロ様は出雲様達の地球帰還を望まれています。その意向を無視する里の実力者なんていませんよ」
かつての桃太であれば、ここで言葉につまったかも知れない。
だが、今は違う。カムロとの問答で『地球、異世界クマ国、異界迷宮カクリヨの三世界を分離する』という師匠の方針に抗うと決めた時から、政治面にまで視野を広げるよう努力してきたからだ。
「そうかな? たとえばここウメダの里にいる田楽おでんお姉さんならきっと、俺たちの話を聞いてくれると思うよ」
「え、おでんお姉さんですって? ああっ!」
桃太の自信満々な態度を見て、千隼は長い前髪からのぞく顔を青くして、ダラダラと冷や汗をたらした。
実のところ、鴉天狗の少女は、地球の少年を好ましく思うものの、だからこそ自らが愛するクマ国の騒乱には、絶対に巻き込みたくなかったのだ。
けれど、大人びた風格まで身につけ始めた桃太は、既に逆転の一手を腹の内に準備していた。
「千隼さん。俺たちは、相棒、五馬乂と彼が逃した避難民を救いたい。だから、ウメダの里を治めるおでんお姉さんから、冒険者パーティ〝W・A〟の異世界クマ国における活動許可を得ようと思う」
あとがき
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