第647話 乂 対 シンショウ
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「〝完全正義帝国〟。お前たちの身勝手な思い上がった妄想を、他の国にもちこむんじゃない。残りは隊長だけ、ここで仕留める!」
天狗面をかぶり山伏の服を身につけた金髪の長身少年、五馬乂は、映像を記録する三毛猫に化けた幼馴染、三縞凛音と、彼女が録画している映像を見るだろう相棒と幼馴染に向かって親指を立てた。
「ひゅーっ」
「見直したサメエ!」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨は招き猫に似た式神が映す動画を見ながら拍手喝采する。
「素晴らしい! 獣といえ、そうでなくては狩猟の甲斐がない」
不可思議なことに、〝完全正義帝国〟の兵員の中でただ一人だけ残ったシンショウもまた、映像の中で乂に対し賞賛の声をあげていた。
髭面の隊長は銃弾を反射されてもひるみもせず、部下達が倒れてなお不敵に笑っていた。
「〝鬼神具〟、〝飢狼牙〟よ、吼え猛れ。舞台登場 役名宣言――〝魔狼人〟!」
」
シンショウは、己が役名を告げるや否や、傷ついた右の義手で首に巻いた牙のついた金の首飾りを掴み取る。
すると、彼の大柄な全身を覆うように獣毛がふきあがり、人狼めいた姿となった。
「〝前進同盟〟の研究成果を元に増産した最強の〝鬼神具〟の力を見せてやろう。鋼の毛を持つ我に肉体に銃撃など効かんと知れ」
「シャ? 万引きでイキがるガキじゃありまるいし、泥棒して威張るなよ。ま、それだけゴツけりゃ、大技でも死ぬことはないだろうな」
乂はドロップキックめいた飛び蹴りを見舞うも……。
シンショウは厚い毛皮に覆われ、丸太のごとく太くなった左腕で彼を払いのけ、山へと叩きつけた。
「ぐはっ。馬鹿力めっ」
「ニャー(おちついて。援護するから、早くナイフを拾って)」
凛音が目から熱線を発射してシンショウの追撃を阻み、乂はその隙をついてとりおとした錆びた短剣に手を伸ばしたものの――。
「我が秘技、〝魔狼咆哮〟を受けるがいい。AOOON!」
人狼となったシンショウの遠吠えを受けた途端、握ったはずのナイフが再び手のひらからこぼれ落ちる。
どうやら先ほど発されたのは呪いをこめた音の振動波のようで、乂の肉体感覚が鈍っているのだ。
「さあ、もう一度見せてみろ。飛燕返しといったか。その震える手で、空中をも利用する三次元の高速攻撃を受け流せるものか!?」
人狼となったシンショウは、義腕からのびる剣のように鋭い五本の爪で木々をなぎ倒し、凛音の放つ熱線を阻んだ。
加えて脅威の跳躍力で山肌を蹴り、乂をも上回る速度で空を駆け、間合いを詰めてくる。
「シットッ。さすがにこの手じゃ〝飛燕返し〟は難しそうだな」
乂は剣を握ることを諦めて、腰のベルトに挿し、両の手を空にしてシンショウを睨んだ。
「だからアンタに見せるのは、こっちにするぜ」
そうして乂は、あたかもイタチ、すなわち飯綱が山鳥を掴むがごとくに跳躍して迎え打つ。
空中でシンショウを捕まえ、風の力で逆さに持ち上げて、足の股に挟むようにして頭から叩き落とした。
「これぞ男の技、パイルドライバー!」
「ニャー(そこは技名を変えない?)」
この対応には、動画撮影中の凛音も思わず声をあげ……。
「〝役名〟を間違えている! 錆びた短剣一本とプロレスで戦う、お前のような〝二刀剣客〟がいてたまるか。くそがああっ」
人狼となったシンショウもまた、〝飛燕返し〟を警戒するあまりに虚を突かれたのか、恨み言を口にしながら失神。
かくして乂は凛音とのコンビネーションで、〝完全正義帝国〟の追っ手三〇名を壊滅させ、避難民達の救出に成功する。
「「うおおおお! すげええええ」」
あとがき
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