第639話 桃太の最終推理
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「八岐大蛇が利己的な野心を重んじる一方で、カムロがクマ国の代表になってやった欲望の発露は、せいぜい女遊びと、たまの宴会くらいだ。趣味は農作業と尖った音楽演奏、あと戦闘もか。財宝には見向きもしないし、家こそ広いが家具も適当。地位だって、実は半世紀前から引退したがっている。そんな男が、道を踏み外したドラゴン、邪悪竜ファヴニールと同じだと思うか?」
鴉の濡れ羽がごとき黒髪が美しい、二〇〇〇年を生きる付喪神、田楽おでんの指摘に、八岐大蛇の首が化けた少女、伊吹賈南は言葉を失った。
欲望の化身たる彼女達にとっては受け入れ難いことだが……。
カムロにとっては、そもそも自身が国の代表として、剛腕を振るわねばならない今の状況こそ、不本意なのだろう。
「いや待て、八岐大蛇の首の中にも、第五の首という例外がいるではないか? ……自分で例外と言っていては世話がないな」
賈南自身、隠遁竜ファフニールの特異性、あるいは覚悟を認めていた。
彼は生まれ持った欲望の衝動を、理性と信念で抑えつけた稀有なドラゴンだ。
先代、いわば父親にあたるとはいえ、邪悪竜ファヴニールが同じ特異性を持っているとは限らないし、伝承を信じるならばむしろ対極の存在だろう。
「賈南さん、邪悪竜ファヴニールは復活したかもしれない。けれど、それは人を傷つけたくない優しいファフ兄、隠遁竜ファフニールとしてだ」
賈南と共にファフニールと会話したことがある、額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は賈南の唱える〝邪竜ファヴニール=カムロ説〟に反対し……。
「なんだかよくわからないけど、ジイチャンに変な因縁をつけないで」
サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨も育ての親を庇った。
「出雲桃太、建速紗雨、田楽おでん。妾の推理を信じないならそれでもいい。
だが、カムロは強すぎる。八岐大蛇の六つの首と、一〇〇体の首候補を単騎で刈り取ったこと、その直後に明らかとなった〝名も無き大蛇候補〟たる九番目の存在。それは繋がっていると信じている」
賈南はそう言って、議論を打ち切った。
「賈南さん、ありがとう。貴女の言う通り、今後、第九の首と接触するかも知れない。おかげで心構えができそうだ。ファフ兄以外にも、過去に倒された後、復活しているドラゴンはいるかも知れないし」
「地球か、クマ国か、隠れている首がいるとするなら恐ろしいんだサメー」
桃太と紗雨は賈南に向かって頭をさげ……。
「今宵はここまでにしよう。明日には、カムロの迎えがくるのじゃろう。そろそろ眠ろう」
おでんが場をしめる。
意見は一致しないまま、二〇X二年、八月最後の日はくれていった。
が、桃太は胸騒ぎで眠れなかった。
(おでんさんは、カムロさんの魂を突き動かすのは、愛情と使命感だと言っていた。
なんで〝魂に限定〟しているんだ? まるで〝肉体はそうとは限らない〟みたいに聞こえた。
たとえば、邪悪竜ファヴニールの遺骸を元に〝幽霊体〟を作り上げて、〝武神スサノオの記憶〟と共に、〝カムロさんという魂〟を入れたとすれば……)
桃太の推理は、ただの言葉尻を捉えた、言いがかりに等しいこじつけ、妄想のたぐいかも知れない。
しかし、カムロが〝役名であって名前ではない〟こと。
別の魂とファヴニールの肉体が融合したのであれば、〝ドラゴンの条件を満たす〟こと。
そして、いわゆる八岐大蛇・九番目の首として数えられる存在がクマ国にいたのなら、〝カクリヨ側が、彼との交戦直後まで存在を把握できていなかった〟ことに説明がつくこと。
(一〇九から一〇六を引いたら三で、ちょうど数が一致するんだ……)
状況証拠が積み上がっているゆえに、桃太は燃えるマグマのような不穏を覚えていた。
果たして先触れだったのだろうか? 翌日、彼らの旅は急転換を迎える。
「出雲様。紗雨姫、そして冒険者パーティ〝W・A〟のみなさんと共に、今すぐクマ国から退避してください」
九月一日の深夜。
クマ国の反政府組織〝前進同盟〟が決起、自らの勢力下にあった里や村落を夜襲して粛清するという前代未聞の暴挙にでる。
ここに、カムロが長きにわたって維持していた平穏は破られ、内戦が始まった。
あとがき
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