第638話 田楽おでんの推察と反論
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「クマ国代表カムロが、最強の八岐大蛇と謳われた邪悪竜ファヴニールと異なると言える二つの点……。そのひとつは個人としての信条。クマ国創世時代に、武神スサノオの宿敵だったというかの竜は、ひたすらに力を欲して、単独での最強にこだわっていたという。己が腕ですべてを抱きしめようとする者は、王にむかんよ」
鴉の濡れ羽が如き黒髪が美しい、二〇〇〇年を生きる付喪神、田楽おでんの指摘は、同じ時代を体験した者だから持つ説得力があった。
「そ、それはっ、そうではあるが」
八岐大蛇の首たる少女、伊吹賈南は反論しようとするものの、昆布のように艶のないモッサリとした黒髪をいじりながら、何も言い返すことができなかった。
「カムロは、八岐大蛇を討つために最強を目指したが、わしやクマ国に住む民衆の支えあってのものと自覚している。
だからこそ、里の運営はそれぞれの里に委任しているし、法律にのっとった国の運営に終始している。
あやつが凡百の独裁者であれば、三世界の平穏など求めるはずもなく、とっととカクリヨと地球に攻め込んでいるじゃろう」
おでんは賈南の『カムロ=邪悪竜ファヴニール説』の誤りを解くため、穏やかに語りかける。
「もうひとつの点は、生態としてのあり方じゃ。伊吹童子……いや賈南よ。異界迷宮カクリヨに住むドラゴン、特に八岐大蛇の首は、〝己自身に向けた欲望の権化〟じゃろう? カムロという魂を突き動かすのは、〝他者への愛情と使命感〟よ。まるで違う」
「ぐ、ぐぬぬ」
賈南はモッサリした黒髪を忙しなくいじりつつ反論の切り口を探したものの、直感的な発想に基づく強引な推理ゆえに、おでんが語るような論拠には欠けており、悔しげに奥歯をかみしめた。
「なあ賈南。〝鬼の力〟に満ちた異界迷宮カクリヨという世界に縁深い者は、八岐大蛇の首をはじめ、力を研ぎ澄ませたもの、強大な力を得たものほどに、己がために生きようとする方向性がある。先ほどまでの言動を見るに、それは其方とて同じじゃろう?」
「まあ、な」
賈南は、カムロに敗れた後、初代勇者、獅子央焔に保護されて地球日本のスパルタ教育を受け、その息子、獅子央孝恵との夫婦生活を送ることで愛情に触れ……。
桃太達と過ごす学生生活の中で人間をより深く学んだ。
それでもなお他人の感情を無視して認めさせたがるような、コントロールできない我欲がある。
「八岐大蛇が利己的な野心を重んじる一方で、カムロがクマ国の代表になってやった欲望の発露は、せいぜい女遊びと、たまの宴会くらいだ。趣味は農作業と尖った音楽演奏、あと戦闘もか。財宝には見向きもしないし、家こそ広いが家具も適当。地位だって、実は半世紀前から引退したがっている。そんな男が、道を踏み外したドラゴン、邪悪竜ファヴニールと同じだと思うか?」
あとがき
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次回、カムロさんのルーツが明らかに? お楽しみに。