第637話 カムロと邪悪竜ファフニール
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「妾にはスサノオの代役、カムロを演じることが可能な、名前のない――否、〝名前を奪われた竜〟に心当たりがある。
すなわちカムロの正体こそは、神話の時代にスサノオをもっとも追い詰めた最初の番外ナンバー、邪悪竜ファヴニールに違いあるまい!」
昆布のように艶の無い黒髪の少女に化けた、八岐大蛇の首の一体、伊吹賈南は、異世界クマ国ウメダの里の地下深くにある深海水族館に響き渡る声で、とんでもない推論を口にした。
「賈南ちゃん、怒るよ」
サメのきぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨は、クマ国を守護する養父に侵略者のレッテルを貼られたことで、普段の語尾を捨ててまで怒りをあらわにし――。
「賈南さん、言って良いことと悪いことがあるよ!?」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太も、師匠の正体が邪竜だと誹謗されて憤激するも、先に紗雨が平手うちをしようとしたので、慌てて背中から抱きしめて止めた。
「建速紗雨、出雲桃太。信じられないのも無理はない。しかし、強大無比なドラゴンの中には、死してなお復活する例がある」
賈南はそんな二人の反応を見てなお、トンチンカンな自説の披露を止めなかった。
「そ、それは」
そして桃太は、ファフ兄ことファフニールから、『自身は先代ファヴニールがスサノオの血を取り込んで復活した存在』だと聞かされていたために、賈南の説を否定するに否定しきれず……。
「確かに聞いたことがあるサメ」
紗雨もまたカムロから、死してなお復活したドラゴンの存在を聞いていたので、声色が弱まった。
「一〇〇〇年前にスサノオに討たれた邪悪竜ファヴニールは、長い時間をかけて再誕したのだろう。そして、第五の首、隠遁竜ファフニールに名を奪われたことを知り、名を取り戻そうと奴を敵視しているのだ。どうだ、この推理、自信はあるぞ!」
賈南は周囲の凍り付くような視線と反応を気にもとめず、自己満足すれすれの自説を声高々と結んで、満足そうに胸をはった。
「伊吹童子、興味深い推論だった」
しかもどうしたことか?
カムロと過ごした時間が最も長いであろう赤いサマースーツを着た付喪神、田楽おでんはパチパチと拍手したではないか。
「わし自身は、邪悪竜ファヴニールと呼ばれた八岐大蛇の番外首とは――直接会ったことはない。だが、スサノオ達から聞いた情報を整理するに、奴に〝カムロ〟の〝役名〟は、二つの理由からつとまらんと思うよ」
「ほう? 二つの理由とやらは、当然語ってもらえるのだろうな」
賈南の挑発的な問いかけに対し、おでんは感情のうかがい知れないポーカーフェイスのまま頷いた。
「クマ国代表カムロが、最強の八岐大蛇と謳われた邪悪竜ファヴニールと異なると言える二つの点……。そのひとつは個人としての信条。クマ国創世時代に、武神スサノオの宿敵だったというかの竜は、ひたすらに力を欲して、単独での最強にこだわっていたという。己が腕ですべてを抱きしめようとする者は、王にむかんよ」
あとがき
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