第635話 隠遁竜ファフニールという規格外
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「田楽おでんの言う通り、一千年前にいたとされる伝説の〝邪悪竜ファフニール〟であれば、妾と同じように暗躍するかもしれない。そのために同格のドラゴンを隠すなんていかにもやりそうだ。しかし、〝隠遁竜ファフニール〟にそれはない」
八岐大蛇の首のひとつ、第一の首の化身である伊吹賈南は、「第五の首ファフニールが、幻の第九の首を匿っているのでは?」という田楽おでんの疑問に対し、違うと断言した。
「この一〇年間、妾はクマ国の警備をかいくぐり、あのひきこもりドラゴンと何度か通神で話してみたが、精神性が違いすぎる。奴には欲がない」
「その根拠は? 〝ドラゴン全体から見て相対的に欲が少ない〟では、わしらと価値観が違いすぎてたまったものではない。現に奴は八岐大蛇、第五の首に就任しているではないかの?」
おでんは、なおも詰問を続けるものの……。
「妾がファフニールから聞き出したところ、第五の首になってしまったのは、先代のウロボロスに絆されたから、だそうだ」
賈南から返ってきた返答は、なんとも大蛇らしくないものだった。
「ファフニールはうん百年、孤独に過ごしていたところ、気のいい爺ちゃんが将棋を指しにきて親しくなり、〝もう余命いくばくもないから、遺産を受け継いで欲しい〟と頼まれたので頷いたら、八岐大蛇の首にされていたそうだ」
「……ファフ兄、ぼっちをこじらせるから」
「……契約書はよく読まないとダメなんだサメエ。カムロのジイチャンもよく言っていたサメエ」
しかしながら、紆余曲折の末に、地球とクマ国の未来を背負う羽目になった出雲桃太と建速紗雨の二人には、納得できる奇妙な説得力があった。
「ファフニール当人も、〝騙された。ヤクザの組長、いや軍閥の頭首に据えられるなんて聞いていない〟と嘆いていたよ。
座を返上できるよう手伝ってやろうかと申し出たら、アンタは信用できないと断ってきたがね。
結局、あのニート竜は第五の首の派閥運営をウロボロスの部下にぶん投げて、名目上の当主兼、遠隔通神で悩みを聞く相談役におさまっているらしい」
「そういう名目で、クマ国にいながらカクリヨの情報収集をしているのだろう? やはり油断ならない手合いではないか?」
おでんは、あくまで隠遁竜ファフニールへの嫌疑を捨てていないようだが……。
「田楽おでん、そもそも我らドラゴンが、そしてカムロがこの世界に降臨するまでの長き月日。ファフニールは、平和ボケしたクマ国で一度として暴れることがなかった。これは、八岐大蛇の首として異質だという充分な根拠だろう?」
「それは、そうじゃの」
賈南の竹を割るような真っ直ぐな回答に、おでんも反論のきっかけを見つけられなかったようだ。
「そもそも世界を滅ぼす力をもつ魔王が、ひきこもりニートをやるには並大抵でない覚悟が必要だ。ファフニールは、八岐大蛇の首たる力を得ながら、信じがたいことに〝世界を変える〟という欲望を捨てている」
「俺もそうだと思います」
桃太はファフ兄との短い邂逅で、彼が無欲でおとなしいドラゴンだと勘付いていた。
邪悪竜ファヴニールの血が、武神スサノオの血と〝融合〟したことで、変化したのかも知れない。
「〝神にも悪魔にもなれる力を得てなお、ただびとでありたい〟と貫く姿は、それはそれで傑物と妾は思っておるよ。真似はしたくないがね」
「サメエ? さっきから聞いていると賈南さんは、まるで別の誰かが九番目だと確信しているみたいサメエ」
紗雨の問いかけに対し、賈南の挙げた名前はとんでもないものだった。
「誰も把握していない八岐大蛇の首、幻の九番目の正体だが、妾はクマ国代表カムロではないかと、疑っている」
あとがき
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