第634話 八岐大蛇、第九の首の正体は誰か?
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「結局、名称不明のドラゴンは人前に一度も姿を見せることなく、半世紀をかけて九九体の予備ナンバーが埋まってゆき、八岐大蛇の首にも、成長した他のドラゴンが就任した。しかし、正体不明の有資格者は依然としてどこかに存在している。ゆえに、もっとも新しい八岐大蛇の首のゼロ番、あるいは九番と呼ばれるようになったのよ」
昆布のように艶のない黒髪の少女に化けた八岐大蛇の首、伊吹賈南による八岐大蛇、幻の首の解説は終わった。
「九番目の首、得体が知れないな。いったい何を考えているのかさっぱりわからない。ひょっとしたら、どこからともなく襲ってくるかも知れないのか」
「そもそも異界迷宮カクリヨにいるかどうかも不明だなんて、なんとも座り心地の悪い話サメエ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨は、〝ゼロ番目、あるいは九番目〟とされる八岐大蛇が、現代にも存在したことに目をむいた。
「賈南よ。その名無しの竜じゃが、第五の首、隠遁竜ファフニールが〝クマ国に匿っている〟手駒という線はないのかの?」
そこに、クマ国創世から二〇〇〇年を生きる付喪神、鴉の濡れ羽のごとき黒髪が美しい赤いサマースーツを着た麗女、田楽おでんが口を挟んだ。
「おでんさん、何を言い出すんです?」
桃太は想像もしなかったところから、これまでの戦いを共にした戦友で、命を救ってくれた恩人ファフ兄に火の粉が飛んだことに目をむいた。
「桃太君。伊吹童子の解説をもう一度思いだしておくれ。
八岐大蛇は半世紀前に、クマ国のレジスタンスを率いたカムロを討つために、七体の首と、一〇〇体の番外ナンバー、そして精鋭を投入した。
カムロは見事、返り討ちにしたわけじゃが、そこの伊吹童子以外にも撃ち漏らしがあったとしても不思議はない。
なにせクマ国には、もう一体の八岐大蛇の首、隠遁竜ファフニールが隠れ潜んでおったわけじゃからな」
おでんの推察に、紗雨は尻尾を所在なげにはたきながら、困ったように首を傾げた。
「おでんオネーチャンは、五番目の首が、幻の九番目の首を隠したと思っているサメエ?」
「そうだ。わし自身は信じてはおらんが……、カムロは、隠遁竜ファフニールを先代の、邪竜竜ファヴニールと同一視しておる。奴ならば、やりかねん」
「それは師匠の、カムロさんの誤解です」
桃太は思わず口を挟んだが、おでんは手で彼を制した。
「桃太君。誤解と言うが、複数の国や勢力を手玉に取った最悪の陰謀家だから、自身や他人の死を偽装するなど容易い、というカムロの言い分にも一理はあろう。現に伊吹童子、いやさ伊吹賈南もまた、獅子央賈南という戸籍を捨てて、そうやって隠れ潜んでいるではないか?」
おでんはそう言って賈南の顔色をうかがうが、返答は意外なものだった。
「おでんの言う通り、一千年前にいたとされる伝説の〝邪悪竜ファフニール〟であれば、妾と同じように暗躍するかもしれない。そのために同格のドラゴンを隠すなんていかにもやりそうだ。しかし、〝隠遁竜ファフニール〟にそれはない」
あとがき
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