第62話 立ちはだかる二鬼
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額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、彼の右肩でとぐろを巻く黄金の蛇、五馬乂、左肩に腰掛けた白銀のサメ、建速紗雨は、派手な戦闘が繰り広げられる要塞内を忍び足で駆け抜け、遂に秘密基地の最奥にたどり着いた。
「見つけたぞっ。あれが異界兵器〝千曳の岩〟か!」
石柱が立ち並び、怪物の像が飾られた広間の中央。
赤い塗料で描かれた魔法陣の上に、獣の臓腑にも似た生体部品と、機械仕掛けの歯車を組み合わせた、岩の如きオブジェクトが鎮座していた。
「待っていたわ。出雲桃太君。貴方なら必ずここに辿り着くって信じていた」
「凛音が言った通りだった。〝鬼の力〟を受け付けぬ〝巫の力〟に選ばれた存在。軽く見たのは痛恨の失敗だ」
異界兵器の傍らに立つのは、テロリスト団体に堕ちた〝C・H・O〟の代表である三縞凛音と、彼女を支える副代表、鷹舟俊忠だ。
「三縞代表、鷹舟副代表。もう戦わなくていいんだ、降伏してくれ」
桃太は降伏を勧告するも――、瞳と耳を包帯で隠し、橙の着物に黒い帯を巻いた和服姿の少女と、機械仕掛けの両腕をつけた渋茶色の着流しを身にまとう灰色髪の中年男性は、言葉以上に明白な動作で応じた。
「舞台登場 役名宣言――〝鬼勇者〟! 大地を血に沈めましょう、全ては世界救済の為に……」
凛音が包帯をかなぐり捨てると、彼女の機械化された両耳が角の如く伸びて、左右の義眼に人魂のような炎が灯る。魔に堕ちた勇者は、人間と機械が融合した横顔を隠すように〝鬼面〟を被った。
「舞台登場 役名宣言――〝剣鬼〟! 我が忠義の刃、その身に刻め!」
鷹舟俊忠が右手で大ぶりの刀を引き抜くと、灰色のざんばら髪が逆立ち、黒い瞳が熟れたホオズキのように赤く染まる。血に飢えた剣鬼は、機械の両腕を見せつけるように〝鬼面〟を被った。
「相棒、いよいよ決戦だな。オレとサメ子、どっちを選ぶ?」
桃太は黄金の蛇が右肩でささやいた質問に対し、すぐさま左肩に座る白銀のサメを指さした。
「乂。そりゃあ、紗雨ちゃんの方が可愛いに決まってる!」
「サメッ、桃太おにーさんはわかってるサメ」
白銀のサメは尾ヒレで肩叩いて喜んだものの、黄金の蛇は尻尾を伸ばして首をしめつけた。
「あいたっ。乂、尻尾を首に巻き付けるな」
「シャラップ! オレの短剣かサメ子の勾玉か、どっちの〝鬼神具〟で戦うか聞いてるんだよっ。凛音と鷹舟の、どちらを先に倒すつもりだ?」
桃太は、質問の意味をおおよそ理解した。
乂と共に〝忍者〟となって、前衛の鷹舟から倒す正面突破か?
それとも、紗雨と共に〝行者〟となって、ドリルや分身で後衛の凛音から奇襲する絡め手か?
「出雲君ったら、なあに? ペットモンスターと遊んでいるの?」
「小僧如きに舐められたものだな!」
されど、選択に迷う時間など許されない。
凛音の義眼から放たれる熱線が衣服をかすめ、鷹舟の義腕から繰り出される剛剣が、広間の磨き上げられた岩盤を豆腐のように粉砕し、クレーターを空ける。
「あちっあちち。あぶなっ、あぶなすぎるっ」
「ナイスフォローだサメ子」
「サメメェ」
桃太と乂は、空飛ぶサメである紗雨につかまって、辛くも窮地を脱した。
結局のところ、三人の技量と戦闘経験では、答えは決まっていた。
「紗雨ちゃん。五分だけ、三縞代表をお願い。俺と乂は、先に鷹舟副代表を倒す」
「お任せサメエ。やっぱり桃太おにーさんはわかってるサメ♪」
紗雨は最初から、そうなると予想してきたのだろう。
白銀のサメは左肩から飛びたち、広間の天井すれすれをかすめる放物線を描きながら、サイボーグの鬼女へと挑んだ。
「あら、お魚さん。出雲クンはワタシのものにしたいのだけど」
「だめ。おにーさんは渡さないサメエ」
凛音の義眼から放たれる熱光線と、紗雨が背ビレから放つ水弾が激突し、蒸気の白幕が広間を覆う。
「「舞台登場、役名変化――〝忍者〟っ。ヒアウィゴー!」」
桃太の瞳が青く輝き、彼の肉体から渦巻く風が白霧を裂いて、鬼退治の舞台が始まった。
あとがき
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