第632話 一〇八ひく一〇六はなぁに?
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「本人や周囲が望んでいなくても、推す者の力が強ければ八岐大蛇の首になれるのか……」
「後継者選定も力づくなんて、解決手段がやっぱり武力一辺倒サメエ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨は、異界迷宮カクリヨに巣食う怪物達の親玉、八岐大蛇の強引さに辟易し、思わずツッコミを入れた。
「おやおや異なことを言う。クマ国も地球も、政治力というパワーで押し切っているのは同じだろうに。複雑な根回しか単純な暴力か、やり方に差はあったとしても、それほど違いがあるとは思えんな。隠遁竜ファフニールがいなくとも、病死したウロボロスの元部下達が第五の首の派閥を上手く回しておるし……〝神輿は軽い方がいい〟とは、地球日本の諺ではないか?」
が、八岐大蛇の首の一人であり、昆布のように艶がない黒髪の少女に化けた伊吹賈南はぴしゃりと反論した。
彼女は無思慮なコロシアイこそ憎むものの、パワーによって政治が左右される事実そのものには抵抗がないらしい。
「「むっかー」」
遊戯用地下迷宮〝U・S・J〟の地下三〇階、深海水族館天井に取り付けられた鬼火めいたランプが赤々と照らす中、桃太と紗雨は揃って頬を膨らませたもの……。
「桃太君、紗雨ちゃん。絶大な武力と政治力で日本国をまとめていた〝初代勇者〟獅子央焔の死後……。
彼が創りあげた冒険者組合をみちびいたのは、他ならぬ伊吹童子――賈南じゃ。かんには障るが、大口を叩くだけの修羅場はくぐっておるじゃろう」
「それは、まあ」
「サメエ」
二千年を生きる、異世界クマ国の付喪神、田楽おでんにたしなめられて納得した。
「賈南さんは、クマ国代表のカムロさんと渡り合うための切り札として、獅子央焔さんから直々の英才教育を受けていたんですよね」
「ああ、まったく貧乏くじを引かされたものよ。じゃが、思い返して見ればこの一〇年、コロシアイ以外の方法で戦ったのは愉快だったな」
異界迷宮カクリヨからのモンスター侵攻に対抗すべく、冒険者組合を組織した英雄、獅子央焔の死後、日本国で生じた大混乱を曲がりなりも一度は鎮めたのが、焔の直弟子たる賈南だった。
そして彼女は地球での体験を、存外に楽しんでいたらしい。
「〝鬼の力〟への対策を止められたことは今でもどうかと思うけど、賈南さんが表舞台から去ったあとはひどいことになったからね」
「リンちゃんの〝C・H・O〟から始まって、四鳴啓介の〝S・E・I、一葉朱蘭の〝J・Y・O〟、六辻剛浚の〝SAINTS〟、七罪業夢の〝K・A・N〟、雪崩をうったみたいにクーデターが続いたサメエ……」
「そうそう、もっと褒めてもいいんだぞ⭐︎」
賈南は薄い胸をはったものの、「でも、彼らを闘争に駆り立てた元凶は〝鬼の力〟を振りまいた貴女じゃない?」という視線に気づいたか、明後日の方向を向いて口笛をふいた。
「話を戻そう。ともあれ、妾のように八岐大蛇の首と呼ばれる頭首八体のうち、隠遁竜ファフニールをのぞく七体と、番外一〇〇体が主導する八岐大蛇の軍勢は、地球と異世界クマ国の大半を手中におさめた。だが、そんな我らの前に立ちはだかった男がいた。言うまでもなくカムロだ」
賈南は苦虫を噛んだような濁った声ながら、ここからが本番だとばかり声量をあげる。
「三つの世界が繋がって以降、破竹の勢いでクマ国を席巻していた我ら八岐大蛇の軍勢は、突如として姿を現したスサノオの再来、カムロによって打ち倒された。異界迷宮カクリヨの奥地、我らが本拠地にある〝一〇八の宝玉〟からは、〝六つの首と候補者一〇〇体分の光〟が失われ、〝三つの光〟が残った。……どうだ、何かおかしいとは思わんか?」