第627話 邪悪竜ファヴニールと、隠遁竜ファフニール
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「可愛い弟妹のためよ、礼には及ばない。それに正直なところ、信じがたい情報じゃ。伊吹童子、いやさ賈南、もう一度話を頼む。八岐大蛇、幻の首について、のう」
鴉の濡れ羽がごとき黒髪が美しい、赤いサマースーツを着た麗女。二千年を生きる付喪神、田楽おでんは鷹揚に頷きながら、八岐大蛇の首、その化身である伊吹賈南に話を始めるよう促した。
「良かろう。出雲桃太、そして建速紗雨よ。田楽おでんには既に伝えたが、八岐大蛇には九番目、あるいはゼロ番目に数えられた首がいる。最初の例外ナンバーは、一千年前にスサノオが倒したという、邪悪な竜ファヴニールのことだ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は賈南のとんでもない話を聞いて、思わず首を傾げた。
「賈南さん、その情報は間違いだと思うよ? ファフ兄――隠遁竜ファフニールは、貴方と同じ正式な首で、五番目だと言っていたよ」
桃太が反発すると、彼の隣に立つサメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨も身を乗りだした。
「ああっ。八岐大蛇、第五の首って、カムロのジイチャンが前に言っていたサメエ。ガイの短剣に宿っている首のことサメエ。賈南ちゃん、勘違いしてないかサメエ?」
五馬乂は桃太にとって相棒で、紗雨にとっての幼馴染だ。他人事ではないし、間違った情報を広められては彼の安全にも関わってくる。
しかし、今回ばかりは勘違いしているのは二人の方だった。
「桃太君、紗雨ちゃん。賈南が言う邪悪竜ファヴニールとは、隠遁竜ファフニールの先代。おそらく父親か、育ての親に当たる存在じゃろう」
ここで、おでんが桃太と賈南のすれ違いを正せるよう助け船を出した。
「わしも一千年前に、高天原から助っ人にかけつけた神々から邪悪竜ファヴニールの存在は聞いておるよ。あのスサノオを絶命寸前まで追い込んだ、最強の宿敵じゃった、とな。わしの養い子も一度、剣を交えて痛い目にあったらしい」
「そうか、さすがは邪悪竜ファヴニールよ。番外席次ながら、歴代最強の首と謳われるだけあって、八岐大蛇の間でも悪名高い氷神アマツミカボシにも辛酸をなめさせたとは愉快愉快」
「賈南さん、ストップ!」
「おだんオネーチャン、賈南ちゃんに悪意はないんだサメエ」
が、おでんの助けに対し、賈南が彼女の養子を下げるような発言をしたため、場の空気が一触即発となった。
「悪意がない方が悪いわい。なにが愉快かっ」
「これだから気の短い古代ゴリラは困る。まあ良い、邪悪竜ファヴニールと隠遁竜ファフニール。この二竜の関係こそが、妾が今から話す情報のカギとなる。だが、その前に一度、前提を整理して置こうか」
賈南は顔を真っ赤にするおでんを制しながら、気合いを入れなおすように頬を張った。
「今から貴重な情報を明かすぞ。妾を含めて、異界迷宮カクリヨに生息する鬼の軍勢の正体と歴史、その一端を」
あとがき
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