第625話 賈南のはったりか、それとも?
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「田楽おでん、考えてもみろ。八岐大蛇にせよ、八俣雄呂血にせよ、漢字をそのまま読むなら、〝八つの分かれ目がある大蛇〟なのだから、頭がもうひとつないと数が合うまい? それこそが幻の九番目の首なのだ」
八岐大蛇の首の化身。昆布のように艶のない黒髪の少女に化けた鬼、伊吹賈南は突拍子もない自説を披露する。
「伊吹童子よ。そりゃあ、近代のこじつけじゃろう?」
異世界クマ国の実力者である、鴉の濡れ羽がごとき黒髪が美しい、赤いサマースーツを着た付喪神、田楽おでんが整った眉をしかめたのも当然だろう。
確かに賈南の言う通り、〝岐〟も〝俣〟も、分かれ目を意味する。文字通りに読めば、頭が九つあってもおかしくはないのだが……。
「ここクマ国でも、地球日本でも、八という字は末広がり……ひるがえって多いという意味になる。八百万の神々がすべての神々を、旗本八万騎が国中の武士を指すように、な」
おでんの解説もまた真実だ。国によってバラバラだが、単独で実数以上に「多い」を意味する数字は存在する。
「そして、どちらの世界でもヤマタノオロチといえば八頭八尾の怪物を指す。もしも、九番目が存在するというなら、具体的に誰が番外なのか言うがいい」
おでんは核心を突く問いかけに対し、賈南はひるむことなく、彼女なりの根拠を口にする。
「八岐大蛇の幻の首、九番目、あるいはゼロ番目に数えられた最初の例外ナンバーは、一千年前にスサノオが倒したという、邪悪な竜ファヴニールのことだ」
賈南がファヴニールの名を告げた瞬間。おでんは金色の瞳を見開き、テクスチャの崩れた身体を大きく震わせた。
「そやつは死んだぞ? 一千年前、スサノオに討たれた」
「最初の、と言っただろう。当代の番外ナンバーについての情報、知りたくはないか?」
賈南の問いかけに、おでんは首を縦に振った。
「……わかった。取り引きにのろう。ただし、条件がある。お前の知る情報について話す時、桃太君と紗雨ちゃんを立ち会い人として指名したい」
「まあ、良いぞ」
おでんが情報交換要請を受け入れたため、賈南は今の学友にして、将来の宿敵の同席を認めた。
「伊吹童子。情報を先払いして貰った以上、其方の望みにも応じよう。いったい何を知りたいのじゃ?」
「おや、先に話してよいのか? 神槍ガングニールの付喪神よ。其方達から見た妾は、かつてクマ国を荒らしまわった悪漢じゃろう。約束を反故にして、トンズラするかもしれないぞ」
賈南が片目を閉じて挑発的に尋ねるも、おでんは木で鼻をくくったように無愛想な態度で首を横に振った。
「ありえん。そもそも賞品として情報を聞きたいだけなら、そう願えばよい。
わざわざ交換条件として持ち出した以上、桃太君やカムロに流出しても問題ない。
あるいは、〝わしが伝えることを想定している〟情報のはずじゃ。ならば直接知った方が、余計なノイズが混じらず、適切な判断がくだせるじゃろう」
「残念、お見通しか。ならば本題といこう」
賈南は深呼吸して、面前の相手がギリギリ聞き届けられる声で囁いた。
「妾が知りたいのは――――だ」
あとがき
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