第619話 大蛇娘、迷宮最下層に至る
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「第二位は、地下三〇階の扉まで到達した伊吹賈南だ」
鴉の濡れ羽が如き黒髪が美しい、赤いサマースーツを着た麗女、田楽おでんに紹介されて、昆布のように艶のない黒髪の妖艶なる少女は両手でピースサインを決めた。
「皆の者、見たか。これが妾の実力よ、ピースピース!」
賈南が挙げたまさかの快挙に、冒険者パーティ〝W・A〟の面々は、驚きに目を見張った。
「「まさか、〝斥候〟単独で最下層寸前まで辿り着くなんて!?」
「アハハ。地下二九階は突破したのじゃが、残念ながら、扉を守る三体ものスフィンクスに阻まれてしまったよ」
伊吹賈南の公式記録は、地下二九階である。
「以上、二から五位のチームには、記念品を贈呈する。今後の冒険に役立てて欲しい。再チャレンジも受け付けているぞ!」
冒険者パーティ〝W・A〟の迷宮挑戦は、このようにして終わったが……。
真実は異なることを、迷宮運営者のおでんは知っていた。
「そういうことにしておくしかないからのお」
――
――――
時は遡って、西暦二〇X二年八月三一日午後。
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨が、田楽おでんと佐倉みずちを打ち破った直後。
「いやはや、クマ国に来て良かった。迷宮の最奥にこんな水族館があるとは驚いたよ」
桃太達の戦友である〝斥候〟伊吹賈南は、遊戯用迷宮〝U・S・J〟地下三〇階に残された、おでんの本体へ接触しようと試みていた。
「ってそんなことはどうでもいいっ。寒い、くそ寒い。これは冬眠不可避!」
冷凍庫のような地下二九階の氷雪フロアを突破して、昆布のように艶のない黒髪に張り付いた白い雪や氷を落としながら、床でバタバタと転がる情けない少女の正体こそ……、八岐大蛇の首と呼ばれる化身のひとりだった。
「しぬ、このままでは死んでしまうぞ。なぁにが遊戯用迷宮じゃ、これじゃあ事故物件不可避の、処刑用アミューズメントパークではないか!」
異世界クマ国にとって、侵略者である八岐大蛇は宿敵に等しいのだが……。
賈南が寒さのあまり身体をちぢこまらせ、床をゴロゴロと転がる姿には、大将たる威厳などかけらもなかった。
「お客様、毛布とお茶はいかがですか?」
「おお、毛布! それにあついお茶だと、ぜひおくれ!」
賈南がひとしきり転がっていると、お茶汲み人形に声を見かけられて、地獄に仏を見つけたと言わんばかりに駆け寄り、熱々の番茶を飲んで身体を温めた。
「またのご利用をお待ちしています」
「ありがとさん。ふうー、人心地がついた」
賈南は湯の熱が冷え切った身体を温めるのを実感しながら、深海水族館を泳ぐ星屑のごとき魚の群れにしばし見惚れた。
「ま、所詮はクマ国の田舎者が作ったお遊び空間。我らが本拠地、異界迷宮カクリヨには及ばないが、この景色と、あの人形が入れてくれたお茶の味には感服するばかりだ」
賈南はそう一人ごちながら、地下三〇階の水族館をキョロキョロと見回しながら探索し、戦闘艦トツカが停泊していたデッキへとやってきた。
「一千年前に、我ら八岐大蛇の先遣隊が戦ったという、火龍アテルイがあんな船を造っていたことにも仰天したが、大事なものを隠すならここか」
賈南は、役名〝斥候〟の面目躍如とばかりに隠し扉を発見する。
「さあ、鬼が出るか蛇が出るか。どっちであろうとも、妾ほどではないだろうがな!」
あとがき
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