第617話 田楽おでんの真実
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「紗雨ちゃん、いくらなんでも首を折るのはやり過ぎじゃっ」
「ちがっ、なんでええっ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨は、火龍アテルイが残した遺産……空陸海を泳ぐ戦闘艦トツカをかけた戦いに勝利した。
が、その結末はとんでもないものだった。
「おお、首がもげかけておるではないか。いかんいかん」
鴉の濡れ羽がごとき黒髪が美しい麗女、田楽おでんは、紗雨の平手打ちを受けて一八〇度回転した顔を背後から正面へ戻そうと、両手でゴリゴリと動かし始めた。
「今戻すからちょっと待って欲しい。あっ」
が、おでんは力を入れ過ぎたのか、ボキンという異音を生じて両腕が肩から外れ、✖︎字を描くように砂浜へ落ちた。
「ああっ、腕が外れた。いかん、頭もじゃっ」
その上に頭部まで落ちたからたまらない。
しゃれこうべと二本の骨を重ねた〝危険を意味する記号〟=クロスボーンのような格好になってしまう。
「き、救急車あああああっ」
「むしろ霊柩車、お葬式いいい」
桃太も紗雨も、ホラー映画も真っ青な惨事に混乱して、目を回した。
「お、お、落ち着くのじゃ、わしは死んでおらん」
「桃太君、紗雨ちゃん、おでんをよく見て」
しかしながらよく見ると、おでんは外れて地面に落ちた頭でペラペラ喋っているし、首と肩の切断部からも血一滴すら流れていない。
「うそ、でしょ。俺達は本物じゃなく、偽物の相手をさせられていたのか」
「あ、あんなに強かったのに、遊戯用迷宮〝U・S・J〟の中にいる動物さん達と同じように、精巧な人形だったんだサメエ!?」
桃太と紗雨は愕然とするが……。
「いや、わしは全力を出したぞ。手を抜いたとか思わないでおくれ。ただ、魂を人形に憑依させねば戦えぬ老いた体ゆえに、わしが実力を発揮できるのは、ウメダの里周辺に限られるのじゃ」
おでんは足で両腕を蹴飛ばして肩へ無理やりひっつけ、更には落ちた首を拾ってゴキゴキと音をたてて戻しながら、恥ずかしそうに告白した。
「そういえば、おでんさんは、ウメダの里を動けないって言っていたような……」
桃太の師匠にして、過去に八岐大蛇を半壊させた異世界クマ国代表カムロと互角の戦闘能力を持つ田楽おでん。
彼女が、異界迷宮カクリヨで戦えない理由、世界の滅びに関われない真相がようやく腹に落ちた。
「氷神アマツミカボシさんが引退させようとしていた気持ちが、なんとなくわかっちゃったサメエ。桃太おにーさんが推理した通り、やっぱりおでんオネーチャンを案じていたんだサメエ」
「ええ、桃太君と紗雨ちゃんの言ったとおりよ。わたしは何度か器を変えているけれど、おでんはずっと同じ器にこだわっているから、本来の姿はもう戦える体じゃないの。ほら、写真見てみる?」
桃太と紗雨は、クマ国で流通している銀板写真を覗き込んで目を見開いた。
写っていたのは年季を重ね、今にも崩れそうな槍だったからだ。
「「こ、これがおでんさん?」」
「カカカっ、わしの本体はガングニールという、旧世界でも地球でもそこそこ名の知れた神の槍じゃぞ。年季を重ねてもビンテージ感に溢れていると思うんじゃがなあ」
「それって、戦闘中に栄彦さんが言っていた」
「北欧神話の主神オーディンの槍サメエエ!?」
西暦二〇X二年八月三一日午後。
桃太と紗雨はエキシビジョンマッチに勝利を納め、遊戯用迷宮〝U・S・J〟を完全攻略した。
クマ国ウメダの里の公式記録において、この日、最下層まで辿り着いたのは、出雲桃太、建速紗雨、呉陸羽、呉栄彦の四名。
しかし、それ以外にもう一人、地下三〇階に残された、田楽おでんの本体へ接触しようとする者がいたのだ。
「いやはや、クマ国に来て良かった。迷宮の最奥にこんな水族館があるとは驚いたよ」
桃太チームを除けば、唯一地下二九階に到達していた〝斥候〟にして、八岐大蛇の首の化身、伊吹賈南である。
あとがき
お読みいただきありがとうございました。
明日二月五日に登場人物紹介を投稿した後、しばらくのお休みをいただき……
新章〝第九部〟は、二月一一日より再開します。
お楽しみに。
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