第614話 背中を押す声
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「これが俺と紗雨ちゃんの切り札、〝生太刀・草薙、砲車雲〟だあ!」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太と、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女、建速紗雨は左右の手を重ねて暴風の剣を形作る。
「桃太おにーさんが、神鳴鬼ケラウノスをぶっ壊した必殺技サメ。閉じた夜なんて、サメ映画のようにぱっくり食べちゃうサメエ!」
桃太はかつて、八大勇者の一人にして、八岐大蛇の首に堕落した男、四鳴啓介が日本政府から奪い、電気異常を引き起こした巨大な発電鬼をこの〝生太刀・草薙、砲車雲〟で切り裂いた経験がある。
紗雨の言う通り、この技であれば、二人を縛る結界〝死と再生の夜祭り〟だって破壊できるかも知れない。
「させん、させんぞ」
一方、鴉の濡れ羽が如き黒髪が美しい、二千年を生きる付喪神、田楽おでんは、相棒である佐倉みずちが変じた竪琴を奏でながら、光り輝くルーン文字を綴り、ブラックホールめいた暗黒球体で桃太と紗雨を包み込んだ。
重力と黒い水が竜巻の剣を侵食し、自らが支配するモノクロの世界からの脱出は許さないと締め付ける。しかし。
「桃太お兄様。頑張って!」
戦場となった無人島の端、戦闘能力を失って避難した、山吹色の髪を三つ編みに結った小柄な少女、呉陸羽が、叔父の怪我を治療しながら喉の限りに励ましの声をあげ――。
「ここは勝利の場面だぜ、ヒーロー」
姪の手当てを受けるベテラン冒険者、呉栄彦が、おでんとの戦いで負った怪我と酔拳の反動に苦しみつつも、親指をあげて応援する――。
「うおおおおっ」
「サメメメメっ!」
桃太と紗雨のかざす竜巻の剣は、陸羽と栄彦の応援に応えるように、しがらみを振り払った。
「なんとっ!?」
「そっか。貴方達は打ちのめされても、それでも前に進んでゆくのね」
おでんとみずちは気づく。桃太達にエールを送るのは二人だけではない。
「なんだかよくわからんが勝てええ」
「紗雨ちゃん、あともうちょっとよ」
昼時ゆえに、遊戯用迷宮〝U・S・Jの探索から食事を求めて戻り、ウメダの里で戦いを見守る、冒険者パーティ〝W・A〟の団員達も、それぞれの言葉で桃太と紗雨を鼓舞した。
「執事さん、勝ちましょう!」
かつての家庭教師への依存にくぎりをつけ、焔学園二年一組の友人達とパーティを組んで地下二五階まで探索を進め、水の岩場で濡れて乾かしに戻った、赤い髪を二つのお団子状に束ねた少女。
六辻詠は、ロケットのように突き出した胸をばるんばるん揺らしながら、手製の拡声器を用いて叫び――。
「本当に大きく、強くなりましたね」
単独探索ながら、地下二六階の地下植物園にまで至った〝賢者〟こと、担任教師の矢上遥花は、休憩室に設置された中継端末から祈るように見守り――。
「出雲は強いね」
「私たちもいつか追いつく。だから、カッコよくキメて」
連携の巧みさでスケベなゴブリン人形を蹴散らし、隠し扉だらけの迷路で構成された地下二七階を突破した、サイドポニーの目立つ少女、柳心紺と、瓶底メガネをかけた白衣の少女、祖平遠亜もまたスフィンクス人形の手前にある休憩所で、応援する――。
「時代は変わる。お前達なら変えられるとも」
そして、地下二九階。
冷凍庫のように凍りついた氷結フロア中央にある避難小屋では、八岐大蛇の首の一人であり、昆布のように艶のない黒髪の少女に化けた伊吹賈南が、地上に残した式神からの通信映像を見つつ、口角をあげてニヤリと笑った――。
「出雲桃太、建速紗雨。お前たちこそが、妾の選んだ宿敵なのじゃから」
桃太が宿す〝巫の力〟――絆が生み出す無限のエネルギーが、竜巻の剣を拡大し、閉ざされた世界が強いる運命を覆そうと、天を貫く塔の如き大きさまで伸ばした。
「うおおおっ、いっけえええっ!」
「桃太おにーさんと紗雨のど根性を見るサメエエ」
あとがき
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