第611話 拘束打破!
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「おでんさん、貴方の奥義。〝死と再生の夜祭り〟は、ルーン文字にて〝鬼の力〟に干渉し、一定範囲内の世界を改変するのだろう? だったら、命令の起点である〝行者〟から逃れるまでだ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、自らがかぶるサメの仮面となっていた少女、建速紗雨と分離することで、絶体絶命の窮地から脱した。
「おでんさんの命令はこうだ。
ひとつ、〝北欧神〟は〝行者〟の攻撃を無効化する。
ふたつ、〝北欧神〟は〝行者〟の防御を無視する。
みっつ、〝北欧神〟は〝行者〟を有効範囲内から出ることを禁ずる。
よっつ、〝北欧神〟は〝行者〟の行動を許さない」
桃太は、敢えて口にだし、数えることで検証する。
鴉の濡れ羽が如き黒髪が美しい、漆黒のドレスをまとう付喪神、田楽おでんが奥義によって作り上げた結界、〝死と再生の夜祭り〟の中では、彼女の命令は絶対だ。
そのために、合体して〝行者〟となっていた桃太と紗雨は動けなくなっていたが、変身を解いた今は違う。
「過去の世界では違ったのかも知れないが……。
おでんさんは今の世界を変化させるのに、文字で命令を指定する必要がある。
しかも、干渉は〝鬼の力〟に限定されるから、わざわざ〝行者〟という役名を指定せざるを得なかったんだ」
桃太の推理を聞きながら、サメの着ぐるみをかぶった銀髪碧眼の少女へと戻った紗雨が、まさに水を得た魚のようにくるくると踊ってみせる。
「もしそうでないのなら、桃太おにーさんと紗雨の名前をあげるはずなんだサメエ。そもそも世界で一番自由なサメをしばることなんて、誰もできないんだサメエ」
二人が辿り着いた解法は正しかったのだろう。
「合体を解くなどというやり方は想定しておらんかったわい。ならば、もう一度命ずるっ。
ひとつ、〝北欧神〟は〝斥候〟と〝巫女〟の行動を許さない!」
おでんは再び、桃太と紗雨の行動を縛ろうとするも……。
「クマ国を統べる母神に申し奉る。サメは自由なんだサメエ。インチキ監督のオファーはボイコットなんだサメエ!」
紗雨が踊ったまま、特徴的なステップを踏みながら祝詞っぽい言葉を口にすると、銀色の水飛沫が足元から跳ねて、おでんの命令から二人を守った。
「さ、紗雨ちゃん、カミムスビさんにお願いするなら、もうちょっと風情というか、言い方を考えてあげた方がいいと思うな」
「細かいことは言いっこなしサメエ。紗雨の加護がある限り、意地悪な命令は全部サボタージュしちゃうサメエ。ブラック労働は労基法違反なんだサメエ!」
桃太はクマ国の創世神カミムスビを慮って、紗雨に忠告したものの――。
『そうそう。わたしもなりゆきでカミサマやってるから、あんなので良いわよー』
よく考えれば肝心のおばちゃん幽霊こと、カミムスビも気にしそうになかったので諦めた。
「それにしても、紗雨ちゃんの〝役名〟って〝巫女〟だったんだ。初めて知ったよ。我流・長巻!」
「むふふーっ、驚いたサメエ? クマ国の〝巫女〟は、格闘術が必須分野なんだサメエっ。えーい、サメアッパー!」
桃太が衝撃刃で斬りかかり、紗雨が蛙飛びアッパーで攻め込む中――。
「まさか初見で見切られちゃうなんて、ね。紗雨ちゃんと桃太君が戦いの中で成長してくれて、嬉しいわ」
おでんの腕に抱かれた竪琴となった、もう一人の付喪神、佐倉みずちは、弦を弾き、水の壁で受け止めながら、しっとりとした声で褒めてくれた。
「まだじゃ、桃太君、紗雨ちゃん。策は二重三重に用意するものじゃ。このモノクロの世界を見よ。我が切り札たる結界、〝死と再生の夜祭り〟はいまだ健在。其方達は我が手のひらの中にいるということよ」
しかし、おでんの戦闘意思はとまらない。
「改めて命令を下す。
ひとつ、〝北欧神〟の攻撃は必中となる。
ふたつ、〝北欧神〟の攻撃は百倍に数を増す!」
あとがき
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