第600話 頂きは高く
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「まだです。たとえエンジンの力を借りなくても、うちは戦える!」
山吹色の髪を三つ編みに結った小柄な少女、呉陸羽は、〝北欧神オーディン〟の役名を明らかにした、鴉の濡れ羽が如き黒髪が美しい女傑、田楽おでんに蒸気鎧のエンジンを破壊されてしまった。
「せいっ、たあ、やあっ」
しかし、それでも陸羽は諦めずに、動かなくなった鎧を盾代わりにして脱出。体にぴっちりとフィットした戦闘服姿で、馬の沓に似たU字状の刃からビームのような光刃を伸ばして切り込んだ。
「ああ、陸羽。お前は叔父にも負けない素質がある。いずれは、一千年前のスサノオ達と同じような英雄へと至るかも知れん。じゃが、今はまだ、わしらの方が強い!」
一方、眼帯をつけた翁の仮面をかぶるおでんは、パートナーたる佐倉みずちが変じた竪琴ガンバンテインを水平に構えて、威風堂々とした態度で迎撃。
「く、くやしいっ」
戦場となった無人島の砂浜で、打ち合うこと三合。
おでんは頑丈極まりない竪琴で、陸羽の光刃を叩き折り、彼女が頼みとする置き盾――新型の装甲にも文字を刻みつけて爆破。白騎士の鎧すらもバラバラに破壊してしまう。
「リウ、無事かっ」
「大丈夫です。怪我はありません。栄彦おじさまは、桃太お兄様達と合流してください」
陸羽は叔父である呉栄彦に自分に構わず、チームメイトの出雲桃太、彼のかぶる仮面に変身した建速紗雨と合流するよう叫んだものの……。
「サメエエっ。水がゴムみたいに粘着して、邪魔なんだサメエ」
「水のドリルで突いても、衝撃のパンチで殴ってもダメだなんて、いったいどうすれば脱出できるんだ?」
波打ち際にいる肝心の二人は、みずちが事前に作り出した水の囲いに閉じ込められていて、動くこともままならない。
「突いても殴っても駄目なら切ってみるのはどうだい? 紗雨ちゃんの水を桃太君の衝撃波で振動させるんだっ」
「「わかりました」」
栄彦は合流を諦めたか、桃太と紗雨にアドバイスを送ると、おでんに対し向き直った。
「おでんさん、みずちさん。貴方達が二人で担う〝役名〟が、〝北欧神話の主神オーディン〟であったのならば、日本神話をベースにしたクマ国神話の神に数えられなくとも無理はない。うおっ、うえっぷ」
栄彦はおでんに対し、諦めずに酔拳……水意拳で抗ったものの、既にアルコールが全身に回っていたのだろう。
彼の顔色が一気に悪くなり、遂には殴り合いの最中にゲロを吐きながらぶっ倒れた。
「栄彦君。それは過大評価というものよ。わしらは地球神話に伝わるオーディンとは違い、世界を救う気など無かっただけじゃ」
おでんは新月の夜を連想させる漆黒のドレスが汚れぬよう横っ飛びで避けたあと、がくりと肩を落としてうなだれた。
ピンチから一転、北欧神オーディンに変身することで陸羽と栄彦を打ち破ったものの、彼女なりに思うところがあるのだろう。
「あら、わたしは生き残った人を守ったし、別の名前でクマ国神話にも残っているわよ。
おでんの場合は、大人げなさすぎて神様扱いされなかっただけでしょう。
といっても、一千年前にやってきた、まれびと達が語る北欧神話のオーディンもまたそういう神様だったから、貴女の〝役名〟には相応しいのではなくて?」
「あーあー、今日は風が強いなあ、波の音がうるさくて、たいへんだあっ」
が、そこへ竪琴となった佐倉みずちが冷静なツッコミで追い討ちをかけたため、不貞腐れたおでんは、手で耳をふさいで聞こえないふりをした。
「リウちゃん、栄彦さん。遅れてすみせん。安全のために下がってください」
「あとは任せてほしいサメエ!」
あとがき
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