第597話 栄彦の鬼札
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「今こそ見せよう。呉家秘伝、奥義〝水意八閃〟!」
ベテラン冒険者の呉栄彦は、鴉の濡れ羽が如き黒髪が美しい、赤いサマースーツを着た麗女、田楽おでんが投じた、梵字めいた文字が形作る武器の嵐から、姪の呉陸羽を守るため、戦場となった森の茂みから飛び出した。
「〝鬼神具・酒虫水瓶〟よ。私と一緒に大番狂わせを見せてやろうじゃないか。酒に縁の深い、八仙人より名を借りて……一の技、ロドウヒンっ」
ローブを着崩して上半身裸の栄彦は、赤い山椒魚のような虫が描かれた金属製の水筒をヌンチャクのように振り回して、木々の枝葉を切り裂きながら降り注ぐ文字の剣槍を逸らし――。
「やるな、じゃが、わしの武器はまだまだあるぞ」
「しかし、貴方が使っているわけじゃない。自動迎撃ならものの数じゃない。二の技、ランサイワ」
酒瓶から溢れ出た酒に火をつけ、迫る武器ごと爆発させ、樹木と炎の狭間、わずかな空間を火の輪くぐりでもするかのように突破する。
「無茶をする。いや、鬼術を前提とした格闘術なのか!?」
田楽おでんは、陸羽が放った蛇髪鬼ゴルゴーンの異能を模した技、〝停止の視線光〟がもたらす肉体の強制停止からようやく復帰。
栄彦の機先を制しようと、自らの手で握る文字でできた大鎌を力まかせに振り下ろす。
「そうだね、呉家の武術もまた、地球とクマ国、カクリヨ、の三世界が引っ付いたからこそ生まれ、研鑽された技術でね。二〇〇〇年前の頂点にも届くと信じているよ。三の技、ソウコクキュウ」
されど栄彦は慌てず騒がず、おでんの腕に自らの手をからみつかせて刃物をを取り落とさせ、彼女の上半身を引いて姿勢を崩す。
「なんとっ」
「四の技、ケンショウリ、五の技、カンショウシ。六の技、チョウカロウ。七の技、テッカイリ」
栄彦は、おでんの華奢な肉体を酒甕でも抱くように引き寄せて、水瓶の酒をあびせながら左右の拳による連撃と回し蹴りを繰り出し――。
肉体が浮いたところに、蜻蛉返りじみたサマーソルトキックを直撃させて、森の中から後方入り口の砂浜まで吹き飛ばした。木々が将棋倒しのようにメリメリと折れて、青臭い匂いが周囲一帯を包んだ。
「わ、わしがこうも良いように殴られるかっ」
「八の技、カセンコ!」
栄彦はかっとんでいったおでんに追いつき、切り札であるシロクマ人形を倒した飛び込みからの肘打ちを決める。
瞬間、赤いサマースーツにしみこんだ〝鬼神具・酒虫水瓶〟から酒に火がついて赤々と燃え、波の打ち寄せる砂浜を太陽のごとくに照らす。
「お、お、おじさま、やりすぎですよ。おでんさんが死んじゃいます」
「陸羽、集中を切らすな。あの天下無敵のクマ国代表、カムロと互角に戦う相手だぞっ。この程度で殺せるものか!」
陸羽が悲鳴混じりに抗議するも、栄彦は油断せずに炎の柱を睨みつけていた。
一陣の風が吹くと、炎はまるで夢のようにかき消えて、二人の前に現れたのは、わずかにサマースーツの袖と裾を焦がしたおでんだった。
「う、そ」
「おいおい、こっちはとっておきの鬼札を切ったんだぞ。無傷っていくらなんでもひどくない?」
「いやいや、見事に一本取られたよ。カムロ対策に服へ仕込んであったお守りも、戦闘中に仕掛けた文字の武器も全滅じゃ。ああ、愉快だ。三世界の結合は、新たな技術と、新たな武術を生み出したか。まったくこの年になっても学ぶことは多いのう」
おでんの黒い瞳が、赤く輝く。
「認めよう、呉陸羽、呉栄彦。お前達は強い。新たな時代の風を感じるよ。ゆえにみずち、いや、ガンバンテインよ。古き時代のなごりたるわしらも、本気を出そうではないか!」
あとがき
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