第589話 もうひとりの付喪神
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「いくぞ、おでんさん」
「遠慮なくぶちのめすサメエエ」
額に十字傷を刻まれた少年、出雲桃太は、サメの着ぐるみをかぶる銀髪碧眼の少女、建速紗雨が変身したサメに似たお面をかぶり、二心一体となって突撃した。
「カカカ、早速の切り札開帳かっ。こういう意地の悪い奇襲は、カムロ譲りよな」
鴉の濡れ羽が如き黒髪が美しい、赤いサマースーツを着た麗女、田楽おでんは柳のように整った眉を細め、二人を迎え討とうと梵字のような文字を綴り始める。
「おでん、わたしに任せて。カムロと違って、桃太君と紗雨ちゃんはとてもまっすぐよ。だから、まずはわたしが相手をするわ」
しかしながら、荒ぶるおでんを制して、セーラー帽をかぶる水色髪の少女、佐倉みずちが一歩前へ踏み出した。
「わかった。お主も久々に暴れたいのじゃろう。一丁もんでやれ。あ、可愛がるといってもリモコンや酒瓶で殴るのはナシじゃぞ?」
「それは地球で起きた不祥事でしょうがっ。わたしを何だと思っているの?」
おでんは舌を出しながら、みずちの背をドンと力強く押す。
「みずちさん、邪魔をするというのなら」
「先にぶっ飛ばしちゃうサメエエ」
桃太と紗雨は右手に巻きつけた水ドリルの動きを緩めつつ、戦場となった無人島に佇む、水兵服に身を包んだ付喪神の少女を退けようとした。
が、まさにその瞬間……!
「がはっ」
「あいたあっ」
桃太と紗雨が一体化した肉体の鳩尾に、みずちの掌底が突き刺さる。
二人はあたかも水切り石のように、一〇回以上波の狭間をはねとばされ、沖合でドボンと水柱を立てて沈んでしまった。
「「ぎゃあああっ。先手必勝どころか、さっそくやられてる!?」」
無人島から届く中継映像を見守る、冒険者パーティ〝W・A〟の団員達は悲鳴をあげながら頭を抱え……。
「「さすが、みずち様。異世界の英雄や、紗雨姫相手にも圧倒的だ!」」
ウメダの里人達は、おでんの相棒の活躍に歓声をあげて拍手喝采した。
「まずい。おじさま、桃太お兄様と紗雨ちゃんを援護しましょう」
「なんて強敵。酒の肴になる、いい土産話を持ち帰ることができそうだっ」
「さあこい。とその前に、桃太君、紗雨ちゃん。ガンバンテイン……みずちは、二千年前にわしと敵対する陣営におってな。お姉ちゃんも、そりゃあ苦しめられたものじゃ。わしの最も古いライバルの一人ゆえ、手加減なんぞ不要じゃぞ」
おでんは、桃太と紗雨のチームメイトである呉陸羽、呉栄彦を迎えうちつつ、海中に沈んだ二人に声をかけた。
「ライバルと認めてもらえるのは光栄だけど、一度は負けて鹵獲されたことがあるの。彼女の主人に改造されて、異なる二つの技術で磨かれて強くはなったけど、ガンバンテインなんて気に食わない名前を与えられて、迷惑しているわ」
みずちは複雑そうな表情で、おでんの過去話を補足した。
「ええっ、いい名前じゃろ? わしの主人が一晩悩んで贈ったのに、そう嫌わなくても良いではないか?」
「気に食わないものは気に食わないの。そういうわけで、おでんの足手纏いにはならないわ。むしろ、成長を止めた彼女より強いかも?」
みずちのやや挑発的な言動にも、おでんは最初こそ余裕を崩さなかったが……。
「カカカ。お姉ちゃんは成長せずとも完璧なんじゃぞ?」
「ええ、完璧だから胸とお尻も小さいのよね」
「戦争じゃろうがっ。それを言ったら戦争じゃろうがっ」
戦闘中にも関わらず、口角泡を飛ばして口論を始めてしまう。
「隙あり!」
「水手裏剣乱舞サメエエ」
紗雨と一体化した桃太はドリルで沖から砂浜まで掘り進み、おでんとみずちが仲違いした今こそチャンスと地上に飛び出して、水刃を嵐のように投げつけた。
「みかがみの盾をここにっ」
されど、みずちが左手に生み出した直径二メートルほどの円形に作られた水の盾で、すべて跳ね返されてしまう。
「えっ、みずちさんも、水の鬼術を使うのか!?」
あとがき
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